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翌日、大学の授業を終えた栞は銀座のカフェにいた。

今夜は、父と外食の約束をしていて、栞のリクエストで久しぶりに美味しい寿司を楽しむ予定だ。

約束の時間まで30分以上あったので、栞は読書に没頭していた。


その時、誰かが彼女の名前を呼んだ。



「鈴木さん? 鈴木栞さん…よね?」



声の方を振り返ると、そこには『貝塚こころのクリニック』受付係の園田美幸が立っていた。

栞の母に似た、あの女性だ。



「園田さん! うわぁ、お久しぶりです!」

「ああ、やっぱり! 制服を着ていないし、すごく綺麗で大人っぽくなっちゃったから、一瞬別人かと思ったわ。でも、声をかけてみてよかった!」

「私はクリニックに二回しか行っていないのに、覚えていてくださって嬉しいです!」

「ずいぶん前に直也先生から、鈴木さんが僕の大学の後輩になったって聞いてびっくりしていたのよ。今は慶尚大の……2年生?」

「はい、そうです」

「そう、大学入学おめでとう」

「ありがとうございます」

「今日はお買い物?」

「いえ、今夜は父と食事の約束があるので、待ち合わせなんです」



栞はここで、美幸を立たせたままだったことに気づき、向かいの席をすすめた。



「園田さん、どうぞ座ってください」

「でも、お父様がいらっしゃるんでしょう?」

「大丈夫です。父が来るまで、まだ少し時間がありますから」

「そう? じゃあちょっとだけお邪魔しようかしら。それで、その後、発作は大丈夫?」

「はい。あれ以来、一度も起きていません。園田さんこそ、今日はお買い物ですか?」

「ええ。お友達とランチの後、少しお店を見て回っていたら疲れちゃって! ここで少し休んでから帰ろうと思ってたの」

「ああ、今日はクリニックはお休みですもんね」

「そうよ。でも、まさかここで鈴木さんに会えるとは思ってもいなかったわ」



美幸の優しい笑顔を見て、栞は母の姿を思い浮かべていた。

もし母が今も生きていれば、美幸と同じくらいの年齢だ。そう思うと、胸が熱くなる。



一方、美幸も、栞に亡き娘の面影を重ねていた。

交通事故で失った娘は、目鼻立ちがはっきりしていたので、栞に雰囲気がよく似ていた。

もし、あの子が今も生きていたら、栞のように微笑み、語りかけてくれただろうか?

そう考えると、美幸の目頭が熱くなる。



あの日、突然クリニックに飛び込んできて倒れた栞を見て、美幸は咄嗟に身体を動かしていた。

娘によく似た栞が、顔面蒼白で苦しそうに倒れる姿を見て、いてもたってもいられなかった。

その栞が、今ではすっかり元気になっている。その姿を見て、美幸は心が救われるような気持ちになった。


その後、二人は女同士の会話で盛り上がる。


美幸は、栞の大学に直也が教授として来ていることを知っていた。

また、彼女はクリニックについての詳細を栞に教えてくれた。


『貝塚こころのクリニック』は、直也の父が五年前に他界した後、兄の誠也が引き継いだ。

誠也は、昨年クリニックに勤める看護師と結婚したそうだ。



「栞ちゃんが目を覚ました時に、対応してくれた看護師さんよ」

「ああ、あの方ですか!」



栞は、美人でテキパキとした看護師の姿を思い浮かべた。


そこで栞は、ふとこんな質問をした。



「貝塚先生のお母様は、まだご健在なのですか?」

「ええ。クリニックの裏にご自宅があって、そこで元気に過ごしていらっしゃるわ」

「そうでしたか」



二人が会話に夢中になっていると、突然栞の父・剛(つよし)の声が聞こえた。



「栞!」



栞が声の方を振り返ると、剛が笑顔でこちらへ近づいてきた。

しかし、途中で栞が誰かといることに気づくと、美幸に向かって軽く会釈をした。



「こちらは?」

「『貝塚こころのクリニック』の受付の園田さん。私が倒れた時に真っ先に駆け付けてくれた方よ。さっき偶然お会いしたの」



栞の父は、一瞬「おおっ!」という表情を見せ、美幸向かって挨拶をした。



「どうも! 栞の父の鈴木剛と申します。その節は娘が大変お世話になりました」

「初めまして、園田美幸と申します。あ、私はお医者様ではないので、たいしたことはしていませんので…..」

「いえいえ、そんなことはありません。あの時は私は地方にいたので、本当に助かりました。栞も、あのクリニックに救われたと申しております。本当にありがとうございました」



剛に礼を言われた美幸は、恐縮しながら頬を赤く染めている。

そんな彼女を見て、剛はなぜか懐かしさを感じていた。



(そうか……彼女は、妻の京子に似ているのか……)



その理由が分かった剛は、穏やかな表情で美幸を見つめる。


美幸は恥ずかしそうにしながら、こんな風に思っていた。

先ほど栞との会話で、剛が銀行マンだと聞いていたが、その印象通り剛は仕立ての良いスーツをきっちり着こなし、仕事ができるビジネスマンといった雰囲気だ。そして、見た目も、思った以上に若い。



そこで、美幸は剛にこう言った。



「あのクリニックの先生お二人は、とても患者さん思いの優秀なお医者様ですから、偶然でもあのクリニックに来られて、本当に運が良かったんだと思います。今日は、元気になられた栞さんにお会いできて、嬉しかったです。じゃあ、私は、これで……」



美幸は二人に向かってお辞儀をすると、カフェの出口へ向かおうとした。

その瞬間、剛が慌てて声をかけた。



「あの! もしよろしかったら、ご一緒にいかがですか? 今夜は栞のリクエストで寿司を食べに行く予定なんですが、このあと予定がなければ……」

「えっ?」



美幸は、突然の誘いに驚いた。もちろん、栞もびっくりしている。

父が初対面の女性を食事に誘うなんて、今まで見たことがない。

そこで、勘の良い栞はすぐにピンとくる。そして、美幸に向かって言った。



「ぜひ、園田さんもご一緒に! その方が私も嬉しいわ」



栞の言葉はとても嬉しかったが、せっかく親子水入らずでの会食に、自分が加わってもいいのだろうかと戸惑う。そんな美幸に向かって、剛がさらりと言った。



「遠慮なさらずに! さ、行きましょう!」



剛はそう言うと、すでにカフェの出口へ向かって歩き出した。

思わずぽかんとしている美幸に、栞が笑顔で声をかける。



「うちの父は、せっかちなんです」



そして栞は美幸の腕を取ると、父の後を追って歩き始めた。


美幸は、何が何だかわからないといった表情で、栞に連れられカフェの外へ向かった。

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