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その依頼は、地味だった。
「調査対象、個人名だけですか?」
玲が、紙を一枚指で押さえた。
「うん。
行方不明とかじゃない。生きてるかも分からないけど」
真琴は椅子の背に体重を預ける。
依頼人は、地方の小さな出版社に勤める男だった。
数年前に途切れた取材メモ。
その中に出てくる、どうしても辻褄の合わない名前。
「確認してほしい、ってだけ」
燈が鼻で笑う。
「一番面倒なやつ」
「面倒だけど、危なくはなさそう」
澪が言う。
玲は黙って、名前を見ていた。
「……この人」
「何か知ってる?」
「直接じゃないです」
一拍置く。
「警察資料で、一度だけ見たことがある」
真琴が顔を上げる。
「事件?」
「事件名までは出てませんでした。
ただ、“関連人物”として」
燈が身を起こす。
「関連って、どのくらい」
「深くはない扱いです。
記録上は」
真琴は、言葉の裏を読む。
「記録上、ね」
調査は、予想より早く終わった。
住民票は消えていない。
死亡届も出ていない。
だが、生活の痕跡が、途中で止まっている。
「……失踪未満だな」
燈が呟く。
玲は、最後に警察の公開データベースを確認していた。
そして、ほんの一瞬、動きが止まる。
「……あ」
「どうした」
「過去照会で、引っかかりました」
真琴と澪が覗き込む。
画面には、古い事件名が一行だけ表示されていた。
連続失踪事件。
燈が言う。
「……聞いたことある」
「有名だし」
真琴は頷く。
「確か、犯人捕まってる」
玲は、短く答えた。
「黒瀬恒一。
有罪、確定してます」
それ以上の説明は、どこにもなかった。
失踪者三名。
証拠不十分。
黙秘。
判決確定。
「この名前、そこに?」
澪が小さく聞く。
「端に」
玲はそう言った。
「中心じゃない。
ただ、同じページに載ってる」
燈は腕を組む。
「終わってる事件だろ」
「ええ」
玲は即答した。
「公式には」
真琴は、画面から目を離した。
「……じゃあ、今回はここまでだね」
誰も反論しなかった。
黒瀬恒一は有罪。
事件は終わっている。
それ以上を掘る理由は、今はない。
依頼人には、事実だけを返した。
「確認できる情報はここまでです」と。
夜。
探偵社に残ったのは、静けさだけだった。
澪が、ぽつりと呟く。
「名前だけ、ですね」
「うん」
真琴は答える。
「事件も、人も」
燈は欠伸を噛み殺す。
「帰ろ。今日は」
玲は、画面を閉じた。
「……次の別件で、また出るかもしれません」
「出たら、その時考える」
真琴はそう言って、電気を消した。
連続失踪事件。
黒瀬恒一、有罪。
その認識は、誰の中でも揺らがなかった。
――この時点では。
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さつまいも
