テラーノベル
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図書室の窓から、柔らかな春の日差しが差し込む。
陸と湊は並んで机に座り、志望大学の資料を広げていた。
湊は東京の大学、陸は地元で就職。紙面の文字が、二人の未来の距離を静かに示している。
「……東京か。やっぱり行くのか?」
陸の声は無意識に少し冷たさを帯びていた。
湊は資料を指で押さえ、視線を陸に向ける。
「うん、俺は東京で学びたいことがあるから」
陸は唇を噛み、目を逸らす。
「……俺は、地元に残るつもりだ」
沈黙が続く。窓の外では、春風が桜の花びらを舞わせていた。
「……そっか」
湊は小さくため息をつく。笑顔を作ろうとしたが、どこかぎこちない。
陸も俯き、手元の資料に目を落とす。言葉を続けられない。
心の中で、二人の距離がほんのわずかに開いたのを感じていた。
「……地元に残るの、理由は家族のことか?」
湊の声は穏やかだが、言葉の奥には不安が潜む。
陸は視線を少しだけ上げる。
「……まあ、色々ある。弟や家のこともあるし」
言葉を濁すように言いながら、心の中では湊に知られたくない弱さを押さえ込む。
「そうか……」
湊は資料に目を落としながらも、視線が時折陸に向く。
東京に行きたい自分と、地元に残りたい陸。その距離は、口に出さなくても、確かに二人の間に立ちふさがっていた。
「……なんで東京なの?」
陸がようやく問いかける。
「学びたいことがあるんだ。将来の仕事も、ここじゃできない」
湊は少し強く言ったつもりだが、言葉の奥に迷いが混じる。
「……ふーん」
陸は反応を薄くして、資料を指で押さえる。
心のどこかで、湊の夢を応援したい気持ちと、自分との距離を思う気持ちが入り混じる。
静かな図書室で、紙をめくる音と二人の小さな呼吸だけが響く。
春の光が二人の影を机に映すが、心の影はまだ重いままだった。
「……でも、地元に残るって決めてるなら、応援するよ」
湊がやっと笑みを作る。ぎこちなく、でも誠意のある笑みだ。
陸は小さく肩をすくめ、視線をそらす。
「……ありがと」
声はかすかだが、心の奥では少しだけ温かさが芽生えた。
それでも、二人の未来はまだ交わらない。
東京に行く湊と、地元に残る陸。
それぞれの道の間に、すれ違いの影が静かに伸びていた。
机の上の資料は、未来の選択肢を広げると同時に、二人の距離をも映し出している。
沈黙の中、陸は視線を窓の外の桜に移す。
「……春だな」
小さく呟く声に、湊は笑みを返すしかなかった。
春風が二人の心に触れるように、ゆるやかに、しかし確かに、すれ違いの芽は静かに育っていた。
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