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依頼人が来たのは、午前中だった。少し緊張した顔で、けれど前回よりは肩の力が抜けている。
「何かわかったんでしょうか」と聞く声も、詰問ではない。
「はい」
真琴が穏やかに答えた。
「現時点で、私たちが出せる結論はあります」
テーブルを挟んで向かい合う。
伊藤が用意した資料は、必要最低限だった。
「まず」
玲が淡々と話し始める。
「この件に関して、意図的な虚偽の証言は確認されませんでした」
依頼人は一瞬、目を見開く。
「全員……?」
「はい」
玲は頷く。
「全員、自分が話していることを事実だと信じています」
「でも、証言は全部同じなんですよね?」
燈が口を挟む。
「そこが一番気持ち悪いところなんだけど」
真琴が軽く制した。
「燈」
「……悪い」
真琴は依頼人に向き直る。
「証言が一致している理由は、“事前に共有された説明”があった可能性が高い、ということです」
「説明?」
「当時の状況を分かりやすくまとめた資料です」
伊藤が補足する。
「公式なものか、半公式かはともかく。
それを繰り返し見聞きすることで、記憶と混ざっていった」
依頼人は黙って聞いている。
「つまり」
真琴が言葉を選ぶ。
「みなさん、“嘘をついた”わけではありません。
同じ誤解を、共有してしまったんです」
少しの沈黙。
「……それで」
依頼人が口を開く。
「真実は、どうなるんですか」
「残念ですが」
玲が答える。
「現時点では、“元の形”には戻せません」
「誰かが、悪いわけでもない?」
「少なくとも、この件に関しては」
燈が腕を組んだまま言う。
「悪者探ししても、何も出てこない」
依頼人は視線を落とした。
「それじゃあ……」
「納得できないですよね」
真琴は遮らず、続ける。
「でも、“誰かが裏で操っていた”とか、“全員が口裏を合わせていた”わけじゃない。
それは、はっきり言えます」
「……」
「この結論が、依頼人さんの求めていたものかどうかは分かりません」
真琴は静かに言った。
「ただ、“これ以上疑い続けなくていい”とは言えます」
依頼人はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……そう、ですか」
その声は、少し軽くなっていた。
「全員が嘘をついてたわけじゃない」
「はい」
「それなら……それで」
立ち上がる。
「ありがとうございました」
頭を下げ、事務所を出ていった。
ドアが閉まった後。
「……終わった、か」
燈がぼそっと言う。
「表向きは」
玲が資料をまとめながら答える。
「依頼内容は満たしている」
「でもさ」
燈が続ける。
「真実がなかった事件、ってことだろ」
真琴は少し考えてから頷いた。
「うん」
「探偵として、どうなんだよそれ」
「探偵社としては、あり」
真琴はにこっと笑う。
「世の中、全部が白黒つくわけじゃないし」
伊藤は何も言わず、書類をファイルに戻した。
慣れた手つきで、事件名のラベルを貼る。
「次は、別の依頼だな」
いつも通りの声。
澪は、その様子を静かに見ていた。
(説明が、先)
そう考えて、首を振る。
今は、まだ言わない。
探偵社は、今日も“解決”を一つ積み上げた。
それで十分だ、と自分に言い聞かせるように。