テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
将司は私の両肩を掴み、訴えるような目をして言う。
「浮気はもう二度としない。彼女ともちゃんと別れた。だからお願いだ。俺にもう一度だけチャンスをくれよ」
「無理だわ。あなたとやり直すつもりはないもの」
「そんなこと言わないで、考え直してくれないか。頼む。俺には瑞月しかいないんだよ」
彼は必死の面持ちで哀願した。
しかしどんなに頼み込まれても、醒めてしまった気持ちは元には戻らない。
「あなたとよりを戻すつもりは毛頭ないわ。この手を離して」
私は身をよじり、将司の手から逃れようとした。
しかし彼は私の肩を掴んだ手に力を込めて、それを阻む。
「痛いっ……」
顔をしかめる私を無視して、彼は低い声で訊ねる。
「まさか、付き合ってる男がいたりしないよな」
頭の中に不意に諒の顔が浮かんだ。動揺したが平静を装って答える。
「いないわよ」
将司は疑惑に満ちた目で私を見つめている。
「信じられない。だって、あんなことがあったっていうのに、あの後何度か遠目に見かけた君は、落ち込んでいるようには全然見えなかった。それだけじゃない。これまで以上に綺麗になってた。どうしてだ?そういう相手ができたからなんじゃないのか。そうとしか考えられない」
「だったら何?仮にそうだとしても、あなたには関係ないでしょ」
「関係あるだろ。俺はまだ瑞月と別れることに同意していないんだから」
「同意って何?私はもう、あなたに対する感情は何もないの。原因を作ったのは誰?あなたを愛していた私はもうどこにもいない」
将司の指が肩に食い込んだ。
「やっぱり、他に好きなやつができたんだろ」
「いないって言ったでしょ」
将司とのやり取りにうんざりした。
電話が鳴ったのはその時だ。私のバッグの中からだ。職場を出る時に連絡すると言っていたから、もしかして諒かもしれないと思った。しかし、それは間もなく切れてしまった。
「なぁ、瑞月。もう一度やり直そう?」
将司は甘い声で言いながら、私を抱き寄せようとした。
「離してったら!」
将司の手を振り払おうとして揉み合いになった。
「瑞月!」
よく知る人の声がやや遠くから聞こえ、私ははっとして振り向いた。諒が私の方へと駆け寄ってくるのが見えてほっとする。
「諒ちゃん……」
「誰だ」
私がつぶやいたと同時に、諒の登場に気を取られた将司の腕が緩んだ。
チャンスだった。その隙に私は将司から逃げて幼なじみの元へと一目散に向かい、その胸の中に飛び込んだ。
「大丈夫だったか」
頭の上で幼なじみの息遣いを感じながら、私は頷いた。
諒は私を抱いたまま、ひどく低い、押し殺した声で将司に問いかける。
「瑞月に何をした?」
はじめ将司は戸惑っていたが、ぐっと拳を握り、敵対心に満ちた目を諒に向ける。
「何もしていない。ただ話をしていただけだ。誰だか知らないが、邪魔しないでくれ」
「話?俺の目には、瑞月に乱暴していたようにしか見えなかったが……。あんた、瑞月とはどういう関係なんだ?」
諒は将司をじろりとねめつけた。
「俺は……」
諒から漂う険しい雰囲気に飲まれたのか、将司は口ごもった。
そんな彼に、諒は意地の悪そうな笑顔を向けてくすりと笑う。
「あぁ、もしかしてあんたのことか。浮気して瑞月を傷つけた元カレっていうのは」
「そ、それは……」
さらに皮肉な響きを帯びた口調で諒は続ける。
「その元カレが、ここで何をしているんだ?もしかして、あれか?二度と浮気はしないから、とか言って、瑞月とよりを戻そうとでもしていたか?それで、瑞月は許すと言ってくれたか?」
「だ、だから!そのことについて話しているところだったんだ」
「瑞月は頷かないよ」
「他人のお前が口を出すな。第一、お前こそ、彼女とはどういう関係なんだ」
諒は将司を焦らすようにふっと笑っただけだ。
「こいつ、瑞月の新しい男なのか?俺と別れてすぐにこいつと?」
将司は苛立ちも露わな顔つきで、私と諒とを交互に見つめた。
諒はため息をつく。
「その言い方は気に食わないな。俺が昔からずっと好きだった瑞月を、あんたが横からかっさらっていったっていうのが、正しいんだよ。今回のことは、瑞月にとっては可哀そうな出来事ではあったけど、あんたの浮気のおかげで、こいつはやっと俺の方を見てくれそうだ」
諒の言葉に混乱した。その真偽を知りたくて、私は問うような目で彼を見上げた。
「あの、諒ちゃん、今のはいったい……」
諒は柔らかい笑みを浮かべながら、私の背を抱く。
「ごめん、瑞月。今は黙っていて」
彼の手が触れた部分がやたらと熱い。胸の奥では鼓動がうるさいほどに鳴っている。今の諒の言葉は、将司から私を助けるための単なる方便に過ぎないはずだと思おうとして、息苦しいほど胸が苦しくなる。
「だからあんたはもう、瑞月のことは諦めた方がいい。それに、一度離れてしまった人の気持ちを取り戻すのは、簡単なことじゃない。だからもう二度と、こいつに近づくのはやめろ。――さ、瑞月、行こう」
「い、行くってどこへ?」
「いいから一緒においで」
諒は微笑みを浮かべて私の肩を抱き、将司がいる方とは逆の方角に向かって歩き出した。
ためらいながらも素直に彼に従い、私はマンションの前を離れる。
その時ちらりと目の端に映った将司は肩をがくりと落とし、私たちを凝視しながらその場に立ち尽くしていた。
537