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窓の外は濁った茜。誰もいなくなった静かな教室に、蛍光灯の明かりは落とされ、外光だけが鈍く机を照らしていた。
遥は、立ったまま動けなかった。
黒板の前に、日下部がいた。机に指を置いたまま、こちらを見ているわけでも、見ていないわけでもない曖昧な目をしていた。
「……なに、用?」
やっと吐き出したその声は、自分でもわかるくらい、強がりだけが浮いていた。
そのことに遥自身が苛立った。
日下部は何も言わない。ただ、机の角に指を這わせている。
沈黙が落ちた。
けれど、その静けさは優しさではなく、酷く鋭い――。
「そうやって、……何も言わないの、やめて」
遥の声が震えていた。
違う。泣きたいわけじゃない。泣く理由なんか、ない。
でも、喉の奥が焼けるように熱くて、呼吸の仕方を忘れたみたいだった。
「別に、おまえに助けてほしいとか、……そういうんじゃないし」
言えば言うほど、自分の言葉が嘘になっていく気がした。
それが悔しくて、怖くて、でもどうしようもなくて。
日下部がようやく顔を上げた。
その目は、静かだった。何かを決して言わない、誰にも渡さないまま抱えている人間の目だった。
「――だったら、俺は、何をすればいい?」
その声には棘がなかった。慰めもなかった。ただ、静かに問うていた。
遥はその言葉を、ひどく乱暴なものに感じた。
優しさなんか、欲しくなかった。
けど、そう言われた瞬間、喉の奥で何かが崩れた気がして、
――ああ、なんで、そこにいるの、
という声が、心の奥から押し上げてきた。
遥は、目を逸らした。
そして、それができた自分に、ほんの少しだけ安堵した。
でも――安堵したその一瞬が、悔しかった。