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撮影終わりの静かな夜、スタジオには残り香だけが漂っていた。
泉は機材の片付けを手伝いながらも、気がつけば柳瀬の気配に釘付けだった。背後から、低く落ち着いた声が響く。
「……泉」
振り返ると、柳瀬はいつものように無言で距離を詰めてくる。その視線には怒りも非難もない。ただ、確かに“自分だけを見ている”強さがあった。
「……俺、あなたに利用されてるだけですよね」
吐き出す言葉は、震えを含んでいた。胸の奥が引き裂かれるように痛いのを、泉自身が理解していた。
柳瀬は一歩近づき、肩越しに低く囁く。
「その通りだ」
その言葉に泉の背筋が凍る。しかし、柳瀬はさらに距離を詰めた。手が彼の腰に回り、指先が軽く触れる――服越しでも体温が直接伝わる。泉は思わず息を止め、膝が震えた。
「……でも、お前も俺を使ってるだろ」
その一言で、泉は自分の感情の複雑さを認めざるを得なかった。利用されているのに、同時に柳瀬の存在に縛られ、抗えずにいる自分。心理と身体の距離が一瞬でなくなった。
柳瀬は指を首筋に沿わせ、肩を抱くように近づく。泉の胸に触れるたび、息が乱れるのが自分でもわかった。唇が乾き、手が震える。抑えきれずに泉は柳瀬の胸に手を置き、肌の感触を確かめる。
柳瀬は軽く息を吐き、手を腰に回して抱き寄せた。触れ合う距離で、互いの呼吸が混じる。泉の体は、熱く、そして自然に反応してしまう。
「……逃げるな」
耳元で囁かれ、泉は全身を震わせた。指先が震え、胸の奥が締めつけられる。触れることで何かを奪われるのではなく、逆に自分の感情を見透かされているようで、理性はどんどん揺らいだ。
柳瀬の手が首筋から鎖骨、そして胸元に沿う。押すわけでも、爪を立てるわけでもない。ただ、体温と指先の感覚だけで、泉を完全に掌握している。泉は震える唇を噛み、視線をそらせない。
「……俺も、あなたを……」
声が出かけて、喉が詰まる。柳瀬はその反応を楽しむかのように、唇を軽く歯に触れさせる。泉の手が自然と柳瀬の背中に回る。身体の距離はもう、心理的な依存と物理的な接触が一体化していた。
「お前は反応していればいい」
その一言で、泉は全身を任せるしかないことを悟る。理性を押し殺し、ただ息を整える。二人の体は近すぎて、心拍が互いに響くのがわかる。
沈黙の中で、互いの体温と触れ合う感覚だけが残った。言葉ではなく、身体がすべてを語る夜。泉は胸の高鳴りを抑えきれず、でもそれを否定することもできなかった。
夜のスタジオ。灯りは落ち、二人だけ。支配と依存、利用と欲望が絡み合い、関係の境界は完全に消え去った。泉はただ、柳瀬の腕に抱かれながら、自分の心と身体がどこまで許されるかを知っていた。
そして柳瀬の低く落ち着いた声が、静かに響く。
「……これからも、こうして確かめるか」
泉は震える手を握られたまま、小さく頷くしかなかった。答えは、もう決まっていた。