テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
翌朝目が覚めた、という感覚はなかった。
ただ、暗さが少し薄れただけだった。
体が、重い。
正確には――自分の体が、どこまであるのか分からない。
動かそうとして、やめる。
昨日、どこを打たれたのか覚えていない。
覚えていないからこそ、どこが壊れているか分からない。
呼吸をすると、胸の奥が遅れて痛む。
一拍、遅れて、鈍い波が来る。
布団はない。
廊下の隅。
夜の間に冷え切った床の感触が、今も背中に残っている。
「……起きてる?」
遠くで声がする。
確認じゃない。
起きていようが、いまいが関係ない声。
「学校」
その一言で、命令は終わる。
遥は、ゆっくり膝を立てる。
立てた瞬間、視界が白くなる。
倒れそうになるが、壁に肩を預けて耐える。
(倒れたら……)
その先を考える前に、やめる。
考えること自体が、無駄だと分かっている。
洗面所の鏡は、見ない。
見ると、今日一日が始まる前に壊れる気がした。
水で顔を濡らす。
冷たい。
でも、昨日の冷たさとは違う。
制服を着る。
腕を通すだけで、声が出そうになる。
出さない。
ボタンを留める指が震える。
それを止めようとして、さらに震える。
「遅い」
背中から声が落ちてくる。
振り向かない。
「昨日、何してたか分かってるよな」
答えは求められていない。
「悪いことをした」という前提だけが必要だ。
玄関で靴を履くとき、
かかとを踏み損ねる。
「ちゃんとしろ」
軽く蹴られる。
軽い。
でも、昨日の続きだと、体が理解している。
外に出る。
朝の空気は、澄んでいる。
通学路には、同じ制服の生徒。
普通の朝。
その「普通」が、遥には一番つらい。
歩くたびに、
体の中で、昨日の夜が音を立てる。
駅までの道。
誰かに追い越されるたび、肩がすくむ。
ぶつかられたら、もう立てない気がした。
学校が見える。
(今日は……)
考えかけて、やめる。
今日は、も、昨日の続きだ。
門をくぐる前、
一瞬だけ、足が止まる。
逃げたいとか、休みたいとか、
そういう願いですらない。
ただ――
この体で、また一日やるのか
という確認。
深く息を吸う。
肺が痛む。
吐いて、歩き出す。
誰にも気づかれず、
誰にも助けられず、
遥の一日は、また始まる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
100