テラーノベル
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「……日下部くん。私、恋愛感情ってやつがわからないんです」
椅子に座った女子は、手をぎゅっと組んでいた。
「周りはみんな、誰が好きとか、彼氏がどうとか、そういう話ばっかりしてて。
でも私だけ、全然ピンとこなくて。好きって、どういう気持ちなんだろうって」
日下部は、ちょっと眉をひそめて机に肘をついた。
「……そりゃ俺に聞かれても、困るんだけどな」
女子は小さく笑った。
「そうですよね。ごめんなさい。でも……周りに合わせられなくて、置いてかれてる感じがして。
“私って変なのかな”って思っちゃうんです」
しばしの沈黙。
窓の外からは、グラウンドの掛け声が遠く聞こえてくる。
「……変じゃねぇよ」
日下部はぽつりと呟いた。
「人を好きになるタイミングなんて、人それぞれだろ。早いとか遅いとか、決まってねぇし」
女子は顔を上げる。
「……でも、みんなが普通にできてるのに、私だけできないんですよ?」
「みんな“普通にできてる”わけじゃねぇよ」
日下部は真っすぐ女子を見る。
「恋愛の話ってさ、見栄とか、ノリで盛ってることも多いし。わかったふりしてるやつも、絶対いる。
……だから、お前が焦る必要なんて、どこにもねぇ」
女子は一瞬目を丸くして、それからうつむいた。
「……そっか。わかったふり、か」
「そういうのに無理に合わせるほうが、よっぽどしんどいだろ。
好きになれねぇなら、それはそれでいいじゃん。いつか自然に“あ、この人いいな”って思う日が来たら、そのとき考えりゃいい」
女子は息を吐いて、少し笑った。
「……ありがとうございます。なんか、肩の力抜けました」
日下部は目をそらしながらぼそりと付け加えた。
「俺だって、恋愛わかんねぇしな。だから……わかんねぇ同士で、別にいいじゃん」
その言葉に、女子は小さく笑みをこぼした。
夕暮れの光が、二人の間にやわらかく差し込んでいた。
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