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保管庫前の簡易開催を試すと決めた週の朝、商店街の裏手には、朝から金属の音が響いていた。
折りたたみ机を出し、埃を払った案内板を立て、通路の危ない段差へ板を渡す。大きな工事ではない。けれど、人が立ち止まりやすい場所へ整えるだけでも、想像以上にやることが多かった。
ハヤが一人で長机の脚を起こそうとして、ぐらりと傾かせたときだった。
「それ、先に片側だけ上げると指を挟む」
低い声と一緒に、長い腕が横から伸びた。
エルドウィンだった。運送会社の作業着に軍手姿で、もう一方の脚を軽々と支える。霧守町では、重いものがある場所にだいたいいる男だ、とアンネロスが前に笑っていた。
「手伝ってくれるんですか」
「頼まれた」
「誰に」
「たぶん半分くらいの人に」
それだけ言って、エルドウィンは長机を起こし、床のぐらつきを確かめ、壁際の古い木箱までさっと移動した。動きに無駄がない。作業の順番が最初から頭に入っている人の手つきだ。
ノイシュタットが感心したように息を漏らす。
「現場に一人いると世界が進むタイプだ」
「喋る前に腕動かして」
オブラスに言われ、渋々案内板を持つ。
エルドウィンは、保管庫から出した折りたたみ椅子の足も一つずつ見て回った。緩んだネジには印をつけ、割れそうなものは脇へ避ける。誰にも見せるためではなく、単純に危ないからそうしているのが分かる。
「一人で持てないものは、最初から皆で持つ方が早い」
机を運びながら、彼は当たり前みたいに言った。
「でも、つい一人でやっちゃう時ってありますよね」
ハヤが言うと、
「ある。で、遅れる」
即答だった。
その言い方がおかしくて、ハヤは思わず笑ってしまう。
午前の終わり頃には、保管庫前の景色が少し変わっていた。埃っぽい裏通路だった場所に、立ち止まる理由ができている。白い布をかけた長机、小さな一輪包みを入れる籠、ジョンナが用意した昔の祭りの複写資料、ハルミネが持ってきた布飾り。
そこへエフチキアが水を差した桶を並べると、ただの裏手ではなくなった。
ハヤはその変化を見ながら、不思議な気持ちになった。誰か一人の力ではない。けれど、人数が増えたことで、昨日まで無理だと思っていたことが現実の形を取り始めている。
エルドウィンが軍手を外し、通路の先を見た。
「人が来るなら、帰る道も見せた方がいい」
「帰る道?」
「入口だけ作ると詰まる。先へ歩いて、また店へ戻れる流れがいる」
ジョンナがすぐに地図を広げた。
「昔の回遊地図、使えそう」
オブラスが頷く。
「数字を取るなら導線は必要」
ノイシュタットはなぜか嬉しそうに指を鳴らした。
「いい。花屋が入口で、町全体が続きを持つ」
その輪の少し外で、ハヤは長机の端に手を置いた。木の感触が朝よりずっと軽い。
仲間を増やすのは、心細さを薄めるためだと思っていた。
けれど本当は、持ち上がる現実の量そのものが変わるのだと、ようやく分かった。
エルドウィンが帰り際、壁際に立てた案内板をもう一度だけ押して確かめた。
「これで倒れにくい」
何でもない声だったのに、その一言は不思議と頼もしく聞こえた。