テラーノベル
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ドアが控えめに開く。
「……失礼します」
「どうぞ」
生徒は入ってきて、椅子に座る前に一瞬止まる。
それからゆっくり腰を下ろす。
「なんか」
言葉を選ぶのに時間がかかる。
「教室に入るときが、一番きつくて」
日下部は視線を向ける。
「ドア開ける前に、ちょっと止まるんです」
視線は足元。
「入った瞬間、どこ行くか分からなくて」
少し間。
「みんなもう座ってたり、話してたりして。
自分だけ“今から入る人”って感じで浮くというか」
手が少し強く握られる。
「変に見られてないか考えてるうちに、余計変な動きになる気がして」
小さく息を吐く。
「毎回ちょっと覚悟いるんです」
「“最初の数秒”を重く見すぎてる」
日下部は言う。
生徒はゆっくり顔を上げる。
「……数秒」
「入ってから座るまで」
短く続ける。
「そこを“評価される時間”だと思ってる」
生徒は黙る。
「だから動きが固くなる」
少し間。
「でも実際は、その時間ほとんど見られてない」
生徒は少し眉を寄せる。
「そんなことあります?」
「ある」
はっきり返す。
「みんな、自分の会話かスマホか、そっちに意識いってる。
入ってきたやつを細かく観察してる余裕はない」
生徒は少し考える。
「……言われてみれば」
「やること決めておくと、止まらない」
日下部は続ける。
「ドア開ける→自分の席行く→座る」
指で軽く区切る。
「それだけ」
生徒は黙る。
「途中で考えない。
考え始めると、動きが遅れる」
生徒は小さく頷く。
「毎回、“どこ行くか”考えてました」
「それがブレーキになってる」
少し間。
「あと」
「はい」
「最初に誰かと目が合っても、意味つけない」
生徒は顔を上げる。
「え」
「“今見られた”とか、“変に思われたかも”とか」
短く並べる。
「全部後付け」
生徒は黙る。
「ただ目が合っただけ」
日下部は淡々と言う。
「そこに評価を乗せるから重くなる」
生徒は少し息を吐く。
「……勝手に意味つけてました」
「ほとんどそれ」
短く返る。
「入る動きは、通過でいい。
イベントにしなくていい」
生徒はゆっくり頷く。
「ちょっと軽く考えてみます」
椅子から立ち上がる。
ドアの前で一度止まる。
「毎回、入るだけで疲れてました」
「力の入れどころが違ってただけだ」
短く返る。
ドアが閉まる。
教室に入る瞬間は、通過点でしかない。
そこに意味を乗せすぎると、動きが全部重くなる。
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