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会議室の空気は、妙に軽かった。
事件は「収束に向かっている」という前提で話が進んでいる。失踪者三名、被疑者一名。証拠は薄いが、状況は揃っている。あとは“形”を整えるだけ――そんな雰囲気だった。
「黒瀬は、被害者と接触していたんだろう?」
上司の声に、久我は資料を見下ろしたまま答えなかった。
「黙秘しているのが逆に怪しい。世間も納得する」
納得。
その言葉が、胸の奥で鈍く鳴る。
「久我、お前が一番分かってるはずだ」
視線が集まる。
久我は、ゆっくりと顔を上げた。
「……分かっています」
何を、とは言わなかった。
会議はそれで終わった。
廊下に出ると、足取りが重くなる。
納得するのは、誰だ。
救われるのは、誰だ。
久我は、取り調べ室へ向かった。
ドアを開けると、黒瀬はいつも通り、静かに待っていた。
その姿が、なぜか“選別を待つ側”には見えなかった。
「今日は、組織の話ですか」
黒瀬が先に言う。
「……なぜ分かる」
「あなたの目が、昨日より硬い」
久我は、椅子に腰を下ろし、録音機を起動した。
赤いランプが点く。
「君を、犯人とする方向で話が進んでいる」
黒瀬は、驚かなかった。
「そうでしょうね」
「……怖くはないのか」
「怖いですよ」
あまりにも自然な返答に、久我は一瞬、言葉を失う。
「ただ、それ以上に――」
黒瀬は、視線を久我に向ける。
「誰が選ばれるのか、興味があります」
「選ばれる?」
「切られる側か、守られる側か」
久我は、拳を握りしめた。
「……君は、なぜ抵抗しない」
「抵抗は、力のある側がするものです」
黒瀬は淡々と言う。
「あなたたちは、弱い人間から切る。
それが、正義を保つ一番簡単な方法だから」
久我の喉が詰まる。
「……君は、自分を弱い側だと言うのか」
「いいえ」
黒瀬は、静かに首を横に振った。
「弱いのは、選ばれる側です」
久我は、視線を逸らした。
失踪者たちの顔が、脳裏をよぎる。
「彼らは……君が選んだのか」
「いいえ」
黒瀬は、はっきりと否定した。
「彼らは、自分で私を選んだ。
そして今度は、あなたが私を選ぶ番です」
久我は、顔を上げる。
「……何を言っている」
「犯人にするか、しないか」
黒瀬は微かに微笑んだ。
「あなたの選択で、
彼らは“被害者”にも、“間違い”にもなれる」
久我は、録音機のランプを見つめた。
赤い光が、やけに鮮やかだ。
「……私は、そんな権限を持っていない」
「持っています」
黒瀬は、静かに言い切る。
「あなたは、報告書を書く人です」
その言葉が、重く胸に落ちる。
「久我さん」
名前を呼ばれる。
拒む気力が、もうなかった。
「選別は、もう始まっています。
あなたが気づいた時点で」
久我は、椅子に深く腰を下ろした。
正義の側に立っているはずなのに、
自分が“誰かを選ぶ側”に立たされている感覚が、確かにあった。
取り調べ室の中で、
選ばれるのは、被疑者か。
それとも――捜査官か。
その答えは、まだ出ていない。
だが、黒瀬の視線だけが、
すでに結論を知っているようだった。