放課後の廊下は、冬の夕暮れに沈んでいた。靴を履き替えようとした瞬間、背後から腕をねじられる。
「まだ帰っていいって言ってねぇだろ」
声の主は、やっぱり岸田だった。
腕が背中に押し付けられ、息が詰まる。
誰かが俺のバッグを奪い、遠くに放った。
靴箱の影から数人が顔を出す。
昨日と同じ面々、そして見知らぬ他学年の顔もある。
「きょうは屋上だ」
岸田が低く言った。
階段を上がるたび、背中を拳で突かれる。
転げ落ちないよう壁に手をつくと、笑い声が響く。
屋上のドアが閉まると、空気が一気に冷たくなった。
西日がコンクリートを赤く染める。
誰かが錠をかけた音がした。
逃げ場がない。
岸田が俺を柵に押し付けた。
鉄の感触が背中に食い込む。
「お前ってさ、見てるだけで腹立つんだよ」
低い声が、風より鋭く耳を刺す。
拳が脇腹に突き刺さる。
息がはじける。
二発、三発。
衝撃が身体の奥で鈍く響く。
「まだ倒れないの? さすが耐久テスト用の人形だな」
周りの誰かが笑う。
「壊れないとつまんねーぞ」
その言葉が、空気より冷たい。
俺は壁をつかむしかなかった。
体を守る隙間なんてない。
「やめろって言ってみろ」
岸田が顔を近づける。
吐息に混じる鉄の匂い。
「言えば楽にしてやる」
声が出ない。
喉が閉じている。
「ほら、言えよ」
頬を打つ音が乾いて響いた。
視界の端に夕焼けが溶けていく。
俺はただ、呼吸を数える。
逃げない。
逃げられない。
――ここにいる俺が、悪いから。
最後に腹を蹴られ、膝が崩れた。
冷たい床が、世界の終わりみたいに広がった。
誰かがスマホをかざす。
「記念撮影だ」
シャッター音が、夕暮れを切り裂いた。






