テラーノベル
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教室の空気は、すでに一度崩れている。
さっきのやり取りで、表面は戻っている。
笑いもあるし、話も続いている。
けれど、その下に残っているものは消えていない。
誰も触れていないだけで、そこにある。
「なあ」
低い声が落ちる。
それだけで、周囲の意識が揃う。
「さっきの、あれで終わりって思ってる?」
問いは静かだった。
怒鳴っていない。
でも、逃げ場を作らない形で置かれる。
遥は視線を上げる。
(終わってない)
すぐに分かる。
「……思ってない」
そう答えるしかない。
「じゃあ何で普通にしてんの」
間を与えない。
「切り替え早すぎだろ。自分が何したか、ちゃんと残ってる?」
言葉が、じわじわと押してくる。
強くないのに、逃げられない。
「……残ってる」
「どこに?」
すぐに返る。
「言葉だけで済ませてる感じがするんだけど」
周りから、薄い笑いが漏れる。
軽くない。
“見透かされている側”に向けられる笑い。
「さ、ちょっと来いよ」
腕を引かれる。
抵抗はしない。
する理由がない。
教室の端。
掃除用具入れの前。
人目から完全に外れるわけではないが、中心からは外れる位置。
そこに立たされる。
「さっきさ、分かったって言ってたよな」
近い距離で言われる。
視線を外せない距離。
「分かってるやつの態度じゃないんだよな」
言葉が続く。
逃げ道を残さない。
「でさ、こういうのってさ、言葉だけだと残んないじゃん」
その言い方は軽い。
雑談の延長みたいに。
でも、意味は固定されている。
「だからさ、ちゃんと“残る形”にしないとダメなんだよ」
“残る形”。
その言葉で、周囲が少しだけざわつく。
期待に近い反応。
誰も止めない。
「分かる?」
遥は、少しだけ息を吸う。
(分かる、って言えばいい)
それが正解だと分かる。
「……分かる」
「何が分かるか言えよ」
すぐに来る。
曖昧を許さない。
126
#へたくそだけど許して
なめくじ.
89
「言葉だけじゃ、足りないってこと」
「そう」
短く肯定される。
それが評価になる。
「じゃあさ、今どうするのが正しいか言ってみ」
問いは続く。
逃がさない。
遥は、言葉を探す。
外さないように。
間違えないように。
「……ちゃんと、残る形で反省する」
「それ、具体的に何?」
さらに詰められる。
抽象を許さない。
「自分で分かってない感じ、ほんと無理なんだけど」
周囲からも声が重なる。
「そういうとこだよな」
「結局分かってないやつの言い方」
逃げ道が、また一つ消える。
遥は、少しだけ言葉を速める。
止まらないように。
「言われたこと、ちゃんと受ける。言い返さない。合わせる」
一息で言う。
途切れさせない。
数秒、間が空く。
視線が集まる。
判定。
「最初からそれやれよ」
吐き捨てるように言われる。
「何で毎回、ここまで来ないと分かんないの?」
「一回で覚えろよ。何回目だと思ってんの」
言葉が、重なる。
責めというより、確認の連続。
逃げ道を潰すための。
遥は何も言わない。
言えることは、もう出した。
これ以上出すと、またズレる。
「黙ってんのも違うからな」
すぐに来る。
「ちゃんと聞いてるって分かる態度取れよ」
「……聞いてる」
短く言う。
それ以上は足さない。
「じゃあさ」
少しだけ声が低くなる。
「次、同じことやったらどうなるか、分かってる?」
未来の提示。
脅しではなく、当然の流れとして置かれる。
「……分かってる」
「言えよ」
逃げられない。
「また、こうなる」
「“こう”で済むと思ってんの?」
即座に返される。
「甘く見てんじゃねえよ」
空気が、もう一段階下がる。
冗談が消える。
「周り全部巻き込んで止めてんの、お前だからな」
「一人で完結してないって分かってる?」
「だからこうやってやってんだよ。お前のために」
“お前のため”。
その言葉で、全部が正当化される。
遥は、視線を落とさない。
落とすと、それも指摘される。
だから、維持する。
「……分かってる」
もう一度言う。
さっきよりも、少しだけはっきりと。
数秒の間。
それで、終わりが判断される。
「じゃあいいわ」
誰かが言う。
「次で終わりにしろよ」
それで、手が離れる。
距離が戻る。
完全には元に戻らない。
さっきより、少しだけ近いまま。
会話が戻る。
笑いが戻る。
さっきと同じように。
ただ、遥の中だけが残る。
(また、間違えた)
思考が落ちる。
何が足りなかったかは、はっきりしない。
でも、足りていなかったのは確か。
だから、こうなった。
(自分のせいだ)
結論は変わらない。
疑う余地もない。
もし疑えば、それ自体がまたズレになる。
それは許されない。
だから、考えを止める。
止めたまま、次に備える。
“次で終わり”。
その言葉だけが、残る。
終わらせるためには、間違えないしかない。
それだけが、基準として残る。
コメント
1件
第60話、読み終えました……。すごく、胸が苦しかったです。 教室の「戻ったように見せかけて、戻っていない空気」の描き方が本当に巧みで、読んでいるこっちまで息が詰まりそうになりました。特に「お前のために」という一言で全部が正当化される構造、あれが一番辛かったです。遥くんが「分かってる」を繰り返すほど、自分を押し♡♡♡ている感じがひしひしと伝わってきました。 「次で終わり」という言葉が、救いなのか次の罠なのか分からないまま終わるラストも、読後感としてじんわり残りました。ruruhaさんの空気感の描写、本当に繊細で好きです。またじっくり読ませてくださいね🌷