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「結城さん! どうしてここに?」
夏帆は驚いた表情で紗英に声をかけた。
「実は今、引っ越しを考えていて、このマンションに空きがあると聞いたので見に来たんです。そしたら藤田さんがいて、びっくりしちゃいました」
紗英はそう言って微笑む。その視線は夏帆を捉えたあと、すぐ隣の透也へと移った。
(キャッ! 雑誌で見るよりさらにイケメン♡ しかもスーツも時計も靴も全部高級品。とんでもないハイスペックな人だわ)
紗英は胸の内で透也を値踏みしていた。
夏帆はその様子に違和感を覚え、探るように尋ねた。
「結城さん、引っ越すの?」
「ええ。そう思って、ここを見に来たんです」
しかし、それには疑問しかなかった。
紗英がこんな築年数の古い下町のマンションに興味を持つはずがない。
それに、ここに住めば駿介の家からも遠くなる。今の住まいのほうが、駿介の家に行くにはずっと便利なはずだ。
そこで夏帆は核心に触れた。
「もしかして、駿介……ううん、伊坂さんから何か聞いた?」
「えっ? 何をですか?」
「私がここにいるって……」
「聞いてませんよ。本当に偶然なんです。もう、びっくりしました~」
そう言って笑う紗英の表情には、どこか白々しさが滲んでいた。
紗英は今朝、駅から会社まで二人を尾行していたが、マンションまでは突き止められなかった。
だが、生身の透也を見たことでいてもたってもいられず、会社で駿介を問い詰めて住所を聞き出したのだ。
(嘘よ。偶然なわけない。絶対に駿介から聞いてる。それでここに来たんだわ)
夏帆はそう確信した。
そのとき、透也が口を開いた。
「夏帆ちゃんのお知り合い?」
「あっ、すみません。前の会社の後輩の結城さんです」
紹介された紗英は一歩前に進み、潤んだ瞳で透也を見つめた。
「初めまして。結城紗英と申します。中条さんのことは以前から雑誌などで拝見してました」
突然名前を出され、透也は少し驚いたように微笑んだ。
「それはありがとう。まさか俺の名前を知ってたなんて驚きだなあ」
「もちろんです! 中条さんを知らない女性なんて、いませんよ」
紗英が褒めちぎると、透也は苦笑しながら夏帆に確認した。
「彼女は、伊坂の……?」
「そうです」
勘のいい透也は、紗英が夏帆から駿介を奪った女だとすぐに察した。
その透也の言葉に、紗英が目を丸くする。
「え? 中条さん、伊坂さんのこと知ってるんですか?」
「うん。高校時代の同級生。つい先日、ここにも来たよ」
「ど、同級生!?」
駿介から何も聞いていなかった紗英は、かなり驚いている様子だった。
しかし、駿介の恋人だと思われたくないのか、慌てて否定した。
「私、伊坂さんとはただの同僚です。勘違いしないでください」
「ええっ!?」
夏帆は思わず目を丸くした。
「でも、あなたたち付き合ってたはずじゃ……」
「やだ、藤田さんたら! 誤解ですよ。確かに彼に言い寄られてますが、まだ正式に付き合ってはいませんから」
「でも……」
なぜこの期に及んで隠すのか。
不思議に思った夏帆の頭に、ある考えがよぎった。
(まさか……駿介を捨てて、中条さんに乗り換える気?)
その無謀なチャレンジ精神に、夏帆は絶句した。
そのとき、透也がやんわりと言った。
「まあ、そんなことはどうでもいいんじゃない? このマンションに越してくるかもしれないなら、いずれご近所さんになるわけだし。ね?」
「はい♡ その際はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
透也はそこで話を終わらせようとしたが、紗英はまだ諦めていなかった。
「藤田さんは中条さんと一緒に住んでるんですか?」
(はあっ? やっぱり駿介から聞いてるんじゃない! しらじらしい!)
心の中で叫びながらも、夏帆はひきつった笑顔で答えた。
「そうよ。今は中条さんとお付き合いしてるの」
「そうなんだ~。じゃあ、ちょうどよかった! 図々しいのは重々承知していますが……よければ、お二人のお部屋を見せていただけませんか?」
「ええっ!?」
夏帆は思わず声を張り上げた。
「実際に生活してる様子を見せていただけたら、引っ越したあとのイメージが湧くかなあと思って……」
透也と夏帆は、同時に言葉を失った。
まさか、そんなことを言い出すとは思ってもいなかった。
しかも、二人は駿介に“同棲している”と嘘をついてしまっている。実際はただの隣人だ。部屋を見せれば、その嘘は一瞬で露見する。
(どうしよう……)
困り果てた夏帆の様子を見て、紗英はにやりと口角を上げた。
(やっぱり……中条さんと付き合ってるなんて嘘かも。駿介さんに見栄を張るために、咄嗟についた嘘……私の推理、当たってるかも!)
そのとき、透也が穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「確かに、実際の生活の様子を見ればイメージは掴みやすいよね。でも……ごめん。今日は部屋が散らかってて見せられないんだ。だから、また今度にしてもらえる?」
透也がうまくかわしてくれたので、夏帆はほっと胸をなでおろした。
しかし紗英は、まったく引き下がる気配がなかった。
「じゃあ後日でも構いませんよ。できれば早めに拝見したいんですけど~」
甘えたように透也を見つめる紗英に、夏帆は思わず顔をしかめる。
(このあばずれ女! こうやって駿介にも色目を使ってたんだわ)
そこで、透也がさらりと言った。
「そこまで言うなら、今度の土曜はどう? ランチにご招待するよ」
夏帆は作り笑いで頷きかけたが、言葉の意味を理解した瞬間、思わず叫んだ。
「ええっ!?」
驚く夏帆をよそに、紗英は嬉しそうに声を弾ませた。
「いいんですか?」
「俺の手料理だけど、ごちそうしますよ」
「わあ! 嬉しい! では、お言葉に甘えて♡」
「じゃあ、土曜の正午、301号室で」
「はーい! 楽しみにしてまーす!」
満足げに微笑んだ紗英は、夏帆へ向き直る。
「じゃあ藤田さん、また土曜日に!」
ぺこりとお辞儀をして、紗英はご機嫌で駅の方へ歩き始めた。
その後ろ姿を見送りながら、夏帆は透也に詰め寄った。
「どういうつもりですか?」
「え? ダメだった? 俺的にはいい案だと思うんだけどな~」
「あの人、私の元カレを奪った女なんですよ! なのになぜ……」
すると透也は、興奮する夏帆の両手をそっと握り、真剣な眼差しで言った。
「だからだよ」
「だから? どういう意味ですか?」
「復讐したいだろう?」
「……もちろんしたいですけど、本音ではもう関わりたくありません!」
「あはは、夏帆ちゃん、正直だな~」
「それに、あの人、私たちが付き合ってないんじゃないかと疑ってますよ。だから部屋を見せてなんて言ってるんだと思います」
「まあ、それはあるな……」
透也はそう言って笑みを浮かべると、夏帆へ話し始めた。
「いいかい、夏帆ちゃん。俺たちは“ふり”をするんだよ」
「“ふり”? なんのふりですか!」
「俺たちが愛し合って同棲している“ふり”をね」
「ええっ?」
思いもよらない言葉に、夏帆は目を大きく見開いた。
「でも、実際一緒には住んでないですし、私の家は隣なんですよ。どうやってそんなことを?」
「その日だけ、一緒に住んでるように見せればいいんだよ」
「でも、絶対バレます! 家の中を見たらひと目で分かります。女って、そういうのすごく敏感ですから」
(あの女は女豹みたいに嗅覚が鋭いんだから、絶対バレるに決まってる!)
心の中で毒づきながら、夏帆は必死に訴えた。
「だから、バレないように細工をするんだよ。その日だけ夏帆ちゃんの私物を俺の家に運び込む。隣なんだから簡単だろ? それに、ラブラブぶりをしっかり見せつければ、彼女の思惑は見事に外れる。つまり――俺たちの勝ちってわけだ」
「……」
確かに、透也の言うことは理にかなっていた。
そこで夏帆はハッとしたように顔を上げる。
「え? もしかして……彼女が中条さんを狙ってるって、分かってたんですか?」
「もちろん。あの類の女性には星の数ほど会ってきたからね」
「さすが……」
「それに、今このマンションに空きなんてない。満室だからね。だから彼女は嘘をついてる。俺がここのオーナーだってことを知らないんだろうな」
クスッと笑う透也に、夏帆は思わず感心してしまう。
「だから、俺にとっても好都合なんだよ。俺たちが熱愛カップルのふりをすれば、彼女は俺を諦める。そしてその話が伊坂に伝われば、彼も夏帆ちゃんを諦める。一石二鳥だろ?」
「確かに……」
透也の計画は筋が通っていて、夏帆はすぐに納得した。
(この人、仕事だけじゃなく、男女の駆け引きにも長けてる……根っから頭がいいのね)
そう心の中でつぶやきながら、夏帆は静かに覚悟を決めた。
「分かりました。その計画、乗らせてもらいます!」
「そう来なくっちゃ」
透也が笑顔で手を差し出すと、夏帆は迷いなく、その手を力強く握り返した。
コメント
58件
すごい!!頭のキレる敏腕経営者は、あらゆる方面で能力発揮✨ フリでもいい!!夏帆ちゃんとのラブラブぶりを、思いっきり見せつけて~😃✌ で、そして、そのフリを本物へとお願いしますよ~💕
紗英が図々し過ぎてイラっ( ^´* ) でも、ぜーんぶ透也さんに見抜かれてるっていう…残念すぎて笑えました( ,,>з<)ププッ とっても面白い展開にワクワク🤗 どうやって紗英を懲らしめるのか 楽しみ過ぎです( *´艸)
透也さん、さすが!!😎👍🖤 ①女豹紗英に、二人のラブラブ熱愛ぶりを見せつけて撃退、透也さんを諦めさせる→②透也&夏帆ちゃんのラブラブぶりが駿介にも伝わり、仕方なく夏帆ちゃんを諦める→そして、夏帆ちゃんは… ③いつもはゆるふわに見えて、本当は優しいし、誠実で頼りがいがあり、男らしい透也さんに、本気で恋をしちゃう…!?💘💘💘 きっと賢い透也さんだから、③まで計算しているかもね〜💕🤭 絶対自分を好きにさせようと、本気の猛アプローチをかけてきそう…😘💕💕
#ハッピーエンド
瑠璃マリコ
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ruruha
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#ロマンスファンタジー
Jasmine
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桃下結衣
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