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「……また、やりすぎた?」
カーテンの閉められた部屋で、蓮司は窓辺に座りながら、脚を揺らしていた。机には紅茶と冷めた菓子。沙耶香は鏡の前で無言のまま髪を梳かしている。
「“また”じゃない。加減できたことなんて、一度でもある?」
「……うん、まあ、ないね」
蓮司は笑った。軽く、悪びれる様子もない。そのくせ、沙耶香の背中に何度も視線を這わせている。
「……怒ってる?」
「怒る理由があると思うなら、自分で言ってみたら?」
「こわ」
蓮司は肩をすくめた。その声は飄々としていて、それ以上でも以下でもない。
「さやか」
「なに?」
「俺、たぶん、今日もまた“あいつ”の顔がちらついてた」
「――“あいつ”じゃなくて、“遥”でしょ」
沙耶香は振り向きもしない。ただ、声だけが鏡越しに鋭く刺さる。
「名前を曖昧にしてるうちは、まだ“他人事”にして逃げてる証拠」
「……さすが」
蓮司は薄く笑って、ベッドに背中から倒れ込む。
「ねえ、俺さ、なんでさやかのことだけ、こんなに離れられないんだろうね」
「依存。言語化できるなら、まだマシ」
「んー。違うんだけどな」
「じゃあ?」
「――罰、かもね」
蓮司の声に、沙耶香はほんの一瞬だけ、手を止めた。
「罰?」
「俺、あいつに“ああいう目”を向けられるたび、ちょっとホッとしてるんだよ。ああ、やっぱ俺は最低だって……安心してる」
その言葉に、沙耶香は鏡越しに微かに笑った。
「……最低なのは、知ってる」
「でしょ? だから、さやかが好きなんだよ」
「勘違いしないで。私は、“最低”が好きなんじゃない。“最低であることを、認める”人間しか要らないだけ」
「……やっぱ、こえぇわ」
蓮司は苦笑して、目を閉じた。
部屋は静まり返り、聞こえるのは時計の音だけになった。