テラーノベル
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放課後の校舎は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。大地はジャージ姿で正門からそろそろと体育館へ向かう。
(夜に体育館なんて、絶対ワクワクするやつ!)
ドアを開けると、バスケットボールを指先で回している隼人が待っていた。
「遅い。幽霊に道草食ってた?」
「やめろって! そういうこと言うな!」
大地は思わず背筋を震わせた。
「明日のリレー、また俺とアンカー勝負な。お前、練習しないと転ぶだろ」
「だからって夜に特訓とか……あ、でもなんか、映画っぽくていいかも!」
体育館の明かりは半分だけ。床に映る二人の影が長く伸びる。
隼人がバトンを差し出す。
「走るだけじゃつまんない。ハンデやるから、先にスタートしていい」
「へっ、余裕ぶって! 今日こそ勝つ!」
ホイッスル代わりに、隼人が手を叩いた。
大地が全力で走り出す。
「うおおお! 俺は風! 俺は風ーー!」
「うるせぇ風だな!」
半周差で追いかけてくる隼人の足音が近づく。
大地の心臓が、走る速さとは別の理由でバクバクしていた。
ゴールテープ代わりの床ラインを踏み切った瞬間、背中に影が重なった。
「よっ、と」
隼人が片腕で大地を抱えるように止め、二人はそのまま床に転がり込む。
「いってぇ! 俺の膝ーー!」
「お前が急に止まるからだろ!」
顔が近い。
大地は一瞬、言葉を失った。
体育館の天井ライトが、隼人の横顔を白く照らす。
「……ほら、やっぱり練習しといて正解だったな」
隼人は何でもないふうに笑う。
「次は本番。こけんなよ」
「う、うん。ありがと」
大地の声はいつもより少し小さい。
自分でも驚くほど、胸の奥がくすぐったい。
隼人は立ち上がり、手を差し伸べた。
「行くぞ、風男。帰りにコンビニ寄ろうぜ。走った分チャラだから」
「チャラって何だよ! でもアイス!」
二人の笑い声が、広い体育館にやわらかく響いた。
夜の校舎に、ほんの少しの秘密が積み重なっていく。
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