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その人は、指名票を出すまで時間がかかる。フリーで入って、何周か女の子を見てから、最後に私を呼ぶ。
理由は言わない。
席につくと、まず周囲を見る。
店の照明、女の子の動き、黒服の立ち位置。
私を見るのは、一番最後。
「忙しいね」
「そうですね」
それ以上、会話は始まらない。
沈黙が落ちる。
気まずさじゃない。
待たれている感じ。
「……ナナちゃんさ」
やっと口を開く。
「さっき、ミオの席見てた?」
一瞬、喉が詰まる。見てた。
でも、見てないふりをしてた。
「少し」
正直に言う。
「やっぱり」
彼は、グラスを回す。
「庇ってたでしょ」
言い切り。確認じゃない。
「分かります?」
「分かるよ。ああいうの」
目が合う。この人の視線は、逃げ場を作らない。
「損すると思う?」
聞かれる。
「……思います」
「それでもやる?」
「たぶん」
彼は、少しだけ口角を上げた。笑顔じゃない。
「変わってるね」
評価じゃない。分類だ。
「キャバ嬢向きじゃない?」
「向いてるよ」
即答。
「向いてるけど、残らないタイプ」
胸の奥に、静かに刺さる。
「残らない?」
「削れる」
それ以上、説明しない。この人は、全部言わない。
隣の席で、明るい声が弾んでいる。
名前を呼ばれて、軽く笑って、場を取る音。
笑い声が大きい。
彼は、ちらっとそっちを見る。
「……ああいうの、楽?」
「楽ですね」
「だろうね」
それだけ。
「じゃあ、あの人は?」
今度は、少し離れた静かな席を見る。
距離を保った会話。
言葉を選ぶ間。
「安心します」
答えると、彼は小さく頷いた。
「で」
私に視線を戻す。
「俺は?」
一瞬、言葉を失う。
「……分かりません」
正解だと思った。
「いいね」
そう言って、延長を入れない。
帰り際。名刺も、連絡先も出さない。
「ナナちゃん」
ドアの前で、低い声。
「君、好きになるとき、一番最後まで残る人、選ぶよ」
言い逃げ。
残された席には、余計な温度がなかった。
甘くもならず、張りつめもしない、ただの静けさ。
でも、一番、頭に残る。
分かっている人の言葉は、あとから効く。
――この人が私をどう思っているかは、まだ分からない。
ただ、
私がどう削れていくかを、
もう見ている気がした。