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来華
90
#mlmk
I am 壁 @自給自足
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#だてなべ
ゆー
4
翌朝。
紬はいつもより早く学校に着いた。
教室には、まだ数人しかいない。
席に座っても、昨日のことが頭から離れなかった。
蒼真が話したこと。
「もっと嫌なことをされた」
それ以上は言わなかった。
聞けなかった。
聞いてはいけない気もした。
でも。
知らないままなのも嫌だった。
「紬」
声がして、顔を上げる。
悠生だった。
「早いな」
「悠生も」
「昨日、蒼真と話した?」
紬の手が止まる。
「……何で?」
「帰る時間、遅かったから」
「話した」
「そっか」
それ以上、悠生は聞かなかった。
紬は逆に聞く。
「悠生」
「ん?」
「蒼真から、何か聞いてる?」
悠生の表情がわずかに変わった。
「……何のこと?」
「昔のこと」
沈黙。
紬は確信した。
「知ってるんだ」
「全部じゃない」
「でも、知ってる」
「……うん」
悠生は視線を落とした。
「蒼真が話したくないなら、俺からは言えない」
「分かってる」
「ごめん」
「謝らなくていい」
紬は机を見る。
「ただ、昨日初めて聞いた」
「何を?」
「蒼真が、昔いじめられてたって」
悠生は何も言わなかった。
「俺、何も知らなかった」
「紬」
「ずっと近くにいたのに」
「……紬のせいじゃない」
「でも、知らなかった」
「蒼真が隠してたんだよ」
「何で?」
悠生は少し迷った。
「お前には、知られたくなかったんだと思う」
「俺が弟だから?」
「……それだけじゃないと思う」
紬が顔を上げる。
悠生は少し迷った。
「……お前、昔から蒼真のこと好きだっただろ」
「好きっていうか……憧れてた」
「うん」
「いつか俺も、蒼真みたいになれるって思ってた」
「蒼真も、それ知ってた」
「……」
「だからだと思う」
「何が?」
「だから、自分に何があったのかを知られたくなかったんじゃないかな」
悠生の声が少し低くなる。
「自分に何があったのか知られたら、お前まで同じことになるんじゃないかって。そう思ったんじゃないかな。お前まで、自分と同じように見られるのが怖かったんだと思う」
紬は黙った。
「ただ弟だから隠したんじゃない」
悠生が言う。
「お前が蒼真に憧れてたことまで、蒼真は知ってたから」
紬は何も言えなかった。
ただ弟だから。
それだけじゃなかった。
自分が蒼真に憧れていたこと。
女の子として生きたいと思うようになったこと。
その全部を、蒼真は知っていた。
だからこそ。
自分には何も見せなかった。
昼休み。
紬は一人で廊下を歩いていた。
教室の前を通り過ぎようとしたとき。
中から声が聞こえた。
「蒼真、これ」
誰かが呼んでいる。
紬は足を止める。
「何」
「昔の写真出てきた」
「……見せなくていい」
「なんで?」
「いいから」
その声だけで分かった。
蒼真が嫌がっている。
紬は教室の中を見る。
男子が一枚の写真を持っている。
昔の蒼真。
髪が長くて、今よりずっと幼い。
「これ、お前?」
「……そうだけど」
「めっちゃ女みたいじゃん」
笑い声。
蒼真は何も言わない。
「昔は可愛かったのにな」
「やめろ」
「何で? 褒めてんじゃん」
「そういうの、嫌なんだよ」
蒼真の声が低くなる。
男子は肩をすくめる。
「怖」
笑いながら離れていく。
紬はその場から動けなかった。
昔なら。
何も思わなかったかもしれない。
「女みたい」という言葉も。
蒼真が黙っていることも。
ただのからかいだと思っていた。
でも今は違う。
蒼真が何を嫌がっているのか。
少しだけ分かる。
放課後。
校門の近く。
紬は蒼真を待っていた。
蒼真が出てくる。
「また?」
「うん」
「何」
「写真」
蒼真の表情が固まる。
「見た?」
「少し」
「……そう」
「昔の蒼真」
「忘れて」
「何で?」
蒼真は答えない。
「昔の自分、嫌い?」
「嫌いっていうか」
蒼真は少し考える。
「戻りたくない」
「女みたいだったから?」
「……それだけじゃない」
紬は黙る。
「昔の俺を見ると、あの頃のことまで思い出す」
「……」
「だから嫌なんだ」
蒼真は前を向いた。
「髪も、服も、写真も」
「全部?」
「全部じゃない」
少し間を置いて。
「でも、残ってると嫌になる」
紬はふと、以前の紙袋を思い出した。
切った髪。
あのとき蒼真が見せた、一瞬の顔。
「蒼真」
「何」
「昔のもの、捨てた?」
蒼真は答えなかった。
それだけで分かった。
「まだ持ってるんだ」
「……少しだけ」
「どうして?」
「捨てられないから」
「嫌なのに?」
「嫌だから」
紬は黙った。
嫌だから捨てたい。
でも。
嫌なものほど、簡単には捨てられないこともある。
その夜。
蒼真は自分の部屋で、机の引き出しを開けた。
中には。
古い写真。
切った髪の入った透明な袋。
折りたたまれた紙。
そして。
一枚の小さなメモ。
蒼真はそれを手に取った。
紙には、自分の字ではない文字が残っている。
あの頃、蒼真をからかっていた男子の一人が書いたものだった。
短い文章。
「今日のこと、誰にも言うな」
あの日のあと。
蒼真はこの紙を見つけた。
それから。
悠生に見つかった。
何があったのかを聞かれて。
蒼真は初めて、ほんの少しだけ話した。
そして最後に。
「誰にも言うな」
そう悠生に頼んだ。
あの言葉を。
悠生は守った。
蒼真はメモを裏返す。
何度見ても。
あの日のことは消えない。
メモを折り直す。
引き出しの奥には、古い箱がある。
蒼真はそれを取り出した。
蓋を開ける。
中には、今まで捨てられなかったものが入っている。
昔の写真。
切った髪。
折りたたんだ紙。
そして、あの日のメモ。
蒼真はメモを一番上に置いた。
しばらく眺める。
「……何で、まだ持ってるんだろ」
答えは出ない。
蓋を閉める。
箱を元の場所へ戻す。
忘れたい。
消したい。
それでも。
手放せない。
蒼真はベッドに腰を下ろした。
自分が昔の自分を捨てようとしても。
過去の方は、まだ自分を離してくれなかった。
コメント
1件
第29話、読み終えました。蒼真が過去のものを「嫌だから」捨てられない、その矛盾した気持ちの描き方がとてもリアルで胸が締め付けられました。悠生が「お前が憧れてたことを知ってたから」と蒼真の隠し理由を語る場面も、弟への優しさと重さがにじんでいて…。写真のエピソードは、何気ない一言がどれだけ人を傷つけるか、考えさせられました。蒼真の心の動きが丁寧に紡がれていて、引き込まれました。