テラーノベル
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教室の空気が変わったのは、机が一度鳴ったあとだった。
誰かが突き飛ばし、誰かが笑い、遥の肩が壁にぶつかった。反射的に腕を上げただけで、反撃はしていない。それでも、教師は最初から結論を持っていた。
「はいはい、ケンカ両成敗だな」
教師は黒板の前に立ち、遥だけを指した。
「お前が原因だろ。空気悪くしてるの、いつもお前だ」
(……殴ってきたのは、あっちだろ)
遥は言わなかった。言えば、話が伸びる。伸びれば、面倒になる。
沈黙は、ここでは“認めた”と同義だった。
「じゃあ罰な。順番に一発ずつ。終わったら席戻れ」
一瞬、教室がざわめく。
止める声はない。あるのは、期待に近いざわつきだけだ。
「え、いいの?」
「マジで? 先生公認?」
教師は腕を組み、視線を逸らした。
「やり過ぎるなよ。教育だからな」
最初の拳が腹に入った。
息が抜け、膝が折れかける。遥は踏ん張った。倒れれば、もっと続く。
「ほら、抵抗しない。反省してる証拠だな」
次は肩、次は背中。
殴る側は笑っていた。力の加減を試すように、交代で距離を詰める。
「サンドバッグみたいじゃん」
「黙ってるのが悪いんだって」
遥は歯を食いしばった。
声を出せば、煽りになる。
拳が当たるたび、教室の笑いが少しずつ大きくなる。
教師は時計を見た。
「はい、そこまで。これで公平だ」
(公平……?)
遥の視界が一瞬、白くなる。
それでも教師は満足そうに頷いた。
「お前はな、抵抗しないから悪い。やられっぱなしは同意と同じだ」
席に戻る途中、誰かが足を出した。
躓いても、誰も問題にしない。
チャイムが鳴る。
授業は続く。遥だけが、殴られたまま、時間に取り残されていた。
(……ここでは、俺が“殴られる役”なんだ)
そう理解した瞬間、胸の奥が静かに冷えた。
次も、同じだ。
そう決まっている。
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