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きょRa
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下駄箱で、靴を履き替える。
春真が先に外へ出る気配。
「行くぞ」
振り返りもせずに言う。
「……うん」
澪継は一拍遅れて答える。
その“半歩”が、ちょうどいい距離だった。
校門を出て、並んで歩く。
初めてでもないのに、慣れてもいない。
沈黙が続く。
重いわけじゃない。
ただ、言葉を選ぶ時間が長いだけ。
「……部活、決めたの」
澪継の方から聞いた。
「ん?あー、バスケ」
「そう」
短く返す。
「澪継は?」
「……やらない」
「ふーん」
興味がないわけじゃない。
でも、掘り下げるほどでもない。
それくらいの温度。
「忙しいの?」
「……まあ」
嘘ではない。
ただ、理由は言わない。
言っても、意味がないから。
少し歩いて。
「さっきさ」
春真が、何気なく言う。
「またあれやってたじゃん」
心臓が、わずかに跳ねる。
「……見てたの」
「ちょっとだけ」
軽い調子。
本当に、軽い。
「何あれ?」
質問。
でも、深さはない。
ただの好奇心。
「……」
澪継は、少し考える。
嘘を言うか。
誤魔化すか。
それとも――
「……遊び」
口に出した瞬間、少しだけ引っかかる。
自分で言って、自分で分かる。
それがどれだけズレているか。
「へえ」
春真は、それ以上追わない。
「変なの」
それだけで終わる。
軽く。
簡単に。
「……うん」
澪継も、それ以上は言わない。
言えないんじゃない。
言わない方を選んだ。
横断歩道で止まる。
赤信号。
人が並ぶ。
「――あ、春真!」
後ろから声。
女子二人。
すぐに距離が詰まる。
「今日さー」
「LINE見た?」
会話が始まる。
自然に、春真はその中心に入る。
「え、なにそれ」
「マジで?」
笑い声。
テンポが速い。
澪継は、一歩だけ下がる。
邪魔にならない位置へ。
「……」
存在を消すわけじゃない。
ただ、“混ざらない”場所を選ぶ。
信号が青に変わる。
流れが動く。
そのまま、三人は歩き出す。
「でさー」
「ほんとそれ!」
会話は続く。
澪継は、その後ろを歩く。
距離は、また半歩。
別れ道。
「じゃ、ここで」
女子たちが手を振る。
「またねー!」
「おう」
春真も軽く手を上げる。
二人が去る。
静かになる。
「……」
少しの沈黙。
「人気だね」
澪継が言った。
ほんの少しだけ、声を乗せて。
「普通じゃね?」
「……そう」
普通。
その言葉の中に、自分は含まれていない。
分かっている。
それでも、聞いた。
歩き出す。
「澪継さ」
春真が言う。
「もっと喋ればいいのに」
唐突に。
「……喋ってる」
「いや、なんかさ」
少し考える間。
「壁ある感じ」
的確だった。
言い方は軽いのに、核心を突く。
「……」
返す言葉が、一瞬だけ見つからない。
「別に、嫌われてるわけじゃないと思うけど」
続ける。
無責任な優しさ。
「……そう」
澪継は、短く返す。
違うとは言わない。
正しいとも言わない。
ただ――
「じゃあさ」
少しだけ、声を出す。
自分から。
「どうすればいいの」
止まる。
春真が、ちらっと見る。
「え?」
「喋ればいいって言うけど」
続ける。
途切れずに。
「何、話せばいいの」
初めて、ちゃんと問いとして出した。
「……」
春真は、少し考える。
初めて、言葉を選ぶ側に回る。
「普通に、なんでもいいんじゃね?」
答えは、軽い。
でも、嘘じゃない。
「……なんでも」
「うん」
「……それが分かれば、困ってない」
ぽつり、と出た。
自嘲でもなく、愚痴でもなく。
ただの事実として。
「……」
一瞬、沈黙。
「……そっか」
春真が言う。
それ以上は踏み込まない。
踏み込めない。
分からないから。
家が見えてくる。
同じ玄関。
同じ鍵。
同時に開ける。
「ただいまー」
春真の声。
「おかえり」
すぐ返る。
「……ただいま」
澪継も言う。
一瞬遅れて。
返事は、ない。
いつも通り。
靴を脱ぐ。
並べる。
同じ場所に。
同じ家にいる。
でも――
「なあ」
春真が、小さく言う。
「さっきの」
「……何」
「分かんねえなら、聞けばいいじゃん」
振り返らないまま。
軽く言う。
「……誰に」
「そのまま」
少しだけ、笑う気配。
「今みたいに」
――。
「……」
言葉が、残る。
そのまま。
「……そう」
小さく返す。
できるかどうかは、別として。
初めて、方法として提示された。
部屋に戻る。
ドアを閉める。
音は、立てない。
ベッドに座る。
「……聞く、か」
小さく呟く。
簡単じゃない。
むしろ、一番難しい。
でも――
さっき、自分は聞いた。
「どうすればいいの」って。
あれは、確かに自分の言葉だった。
誰かに向けた、言葉だった。
「……」
手を見る。
震えは、ない。
少しだけ。
ほんの少しだけ――
何かが、変わり始めている。
気がした。