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朝。
「おはよ」
澪継は、昨日より少しだけはっきり言った。
「おはよー」
春真が返す。
それだけ。
それでも、無音よりはいい。
「……今日、早いね」
続ける。
自分から。
「ん?ああ、朝練」
「そっか」
会話が、二往復。
それだけで、十分すぎるくらいだった。
教室。
席に座る前に、少しだけ立ち止まる。
どこに向かうかを、選ぶみたいに。
「……」
後ろの席の男子。
昨日、少しだけ言葉を交わした相手。
「……おはよ」
声をかける。
「あ?ああ」
また同じ反応。
でも、無視ではない。
「……ノート、見せてほしい」
言う。
理由を作る。
会話の入り口。
「なんで」
「昨日、書けてないとこある」
嘘ではない。
全部が本当でもない。
「……あとでな」
短い返事。
それでも――
「……ありがとう」
成立はしている。
かろうじて。
一時間目。
授業の音が流れる。
黒板に書かれる文字。
ノートを取る音。
「……」
澪継は、少しだけ手を止める。
振り返る。
「……さっきの」
小さく言う。
「あ?」
「ノート」
「あー」
机の上に、雑に置かれる。
「好きに見ろ」
「……ありがとう」
ページを開く。
きれいでもないし、丁寧でもない。
でも、ちゃんと書かれている。
「……ここ」
指で示す。
「これ、どういう意味」
聞く。
そのまま。
教えてもらう前提で。
「それ?普通に――」
説明が始まる。
短い。
簡単な言葉で。
「……ああ」
理解する。
「わかった」
「そ」
それで終わり。
でも。
ちゃんと、“会話”だった。
二時間目が終わる。
「なあ」
また、あの三人。
「昼な」
「……うん」
頷く。
いつも通り。
でも、そのあと。
「今日も、順番?」
聞く。
自分から。
「は?」
「昨日みたいに」
一人が笑う。
「気に入った?」
「……違う」
即答する。
少しだけ強く。
「ただ、分かってた方がいいから」
理由をつける。
正当化する。
「はは、真面目かよ」
笑われる。
でも――
否定はされない。
「まあ似たようなもん」
「……そっか」
それで十分だった。
昼休み。
机が動く。
中心に空間。
「来い」
呼ばれる。
歩く。
「今日はな」
「……うん」
先に、返す。
「お、話早いじゃん」
笑い声。
「順番、変えるだけ」
「……どこから」
自分で聞く。
「は?」
一瞬、空気が揺れる。
「最初、どれ」
“指示を待つ”じゃなく、“取りにいく”。
その違い。
「……」
一人が、少しだけ目を細める。
「じゃあこれ」
示される。
「……わかった」
動く。
昨日より、迷いが少ない。
慣れじゃない。
諦めでもない。
ただ――
“自分で進めている形”に、しているだけ。
外側。
人が増える。
視線が集まる。
「……」
澪継は、一瞬だけ外を見る。
春真はいない。
いない方がいい。
そう思った。
理由は、分からない。
「次」
誰かが言う。
「……これで最後?」
聞く。
息が少し上がっている。
「さあな」
笑いながら返される。
「……そう」
それ以上は言わない。
言えないんじゃない。
区切りを、自分で決められないだけだ。
終わる。
「はい終了ー」
机が戻る。
空気が解ける。
何もなかったみたいに。
「……」
席に戻る。
呼吸を整える。
机に手をつく。
「……大丈夫」
昨日と同じ言葉。
でも、少しだけ違う。
今日は――
途中で、何度か自分から言葉を出した。
「次」「どこ」「最後?」
小さいけど、確かに。
放課後。
「帰る?」
春真。
昨日と同じ。
「……うん」
答える。
並ぶ。
歩く。
「今日どうだった?」
軽く聞かれる。
「……普通」
少しだけ考えてから答える。
嘘ではない。
全部でもない。
「そっか」
それで終わる。
深掘りはない。
それが、この距離。
少し歩いて。
「なあ」
今度は、澪継。
「何」
「……聞くって」
言葉を探す。
「どこまでいいの」
足が少しだけ止まる。
「どこまでって?」
「……嫌がられない範囲」
具体的にする。
逃げない。
「……」
春真は、少し考える。
「相手によるだろ」
正しい答え。
でも、それだけじゃ足りない。
「……じゃあさ」
もう一歩。
「嫌がられてるかって、どうやって分かる」
止まらない。
昨日とは違う。
ちゃんと、聞いている。
「……」
春真が、こっちを見る。
少しだけ、真面目な顔で。
「反応じゃね?」
「反応」
「今みたいに、ちゃんと返してくるなら大丈夫」
「……返さなかったら」
「やめた方がいい」
シンプル。
でも、はっきりしている。
「……そっか」
納得する。
できるかどうかは別として。
基準は、分かった。
家が近づく。
同じ道。
同じ距離。
「……ありがと」
小さく言う。
「何が」
「……今の」
少しだけ、間。
「別に」
軽く返される。
でも――
無視ではない。
玄関。
「ただいまー」
「おかえり」
「……ただいま」
今日も返事はない。
それでも。
「……」
少しだけ、違う。
今日、澪継は
・聞いた
・返した
・続けた
全部、小さい。
でも――
“外側にいるだけ”ではなかった。
「……」
部屋に入る。
ドアを閉める。
「……反応、か」
呟く。
難しい。
でも、昨日よりは分かる。
次に何をするかも。
少しだけ。
見えている。