昼前の陽射しが、まるで空気ごと溶かしているようだった。
玄関の扉を開けた瞬間、むっとした熱気が頬を打つ。
「……やっぱり、今日は暑いね」
真白が顔をしかめながら言う。
アレクシスは軽く笑って、手にしたエコバッグを肩に掛けた。
「氷、溶けないうちに帰らないとな」
「うん、アイスも買うしね」
スーパーまでの道はほんの数分なのに、歩くたびに汗が滲む。
蝉の声が、熱の向こうでうるさいほど鳴いている。
途中の横断歩道で信号待ちをしていると、真白が小さくつぶやいた。
「アレク、暑くないの?」
「暑いよ。でも、君ほどじゃない」
「え?」
「顔、真っ赤だ」
真白は慌てて頬を手で覆い、笑ってごまかす。
アレクシスはその仕草を見て、少しだけ目を細めた。
日差しのせいだけではない。
けれど、それを言葉にはしない。
スーパーに入ると、冷気が全身を包み込んだ。
ふたりして「はあ……」と声を漏らし、顔を見合わせて笑う。
氷の袋、麦茶のペットボトル、冷凍庫のアイス。
カゴに入るたびに、真白の表情が少しずつ明るくなる。
「これ、アレクも好きでしょ?」
「うん。前に君がすすめてくれたやつ」
そんな何気ない会話が、夏のざわめきの中にやさしく溶けていく。
帰り道。
腕に下げた袋の中で、氷がカラカラと鳴った。
「早く帰らないと、溶けちゃうね」
「大丈夫。君の歩く速さなら、間に合う」
アレクシスの言葉に、真白は少しだけ足を速める。
陽炎の立つ坂道を上りきるころ、汗が首筋を伝った。
アレクシスがさっとタオルを差し出す。
「ありがとう」
「溶けるのは氷だけでいい」
「……なにそれ」
真白は笑いながらタオルで顔を拭き、アレクシスの横顔を見た。
その瞳の奥に映る夏が、少し眩しい。
家に着くと、冷たい麦茶をグラスに注いだ。
氷が“コトン”と音を立てて沈む。
「乾杯?」と真白が言う。
アレクシスは小さく頷き、グラスを合わせた。
窓の外では、まだ蝉が鳴いている。
冷たい麦茶が喉を通る音と、ふたりの笑い声が、静かな午後に溶けていった。
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