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遥は夜の繁華街をふらついていた。足取りは乱雑で、酒場やネオンの灯りの下を渡り歩く。行き交う大人の笑い声も、絡みつく煙草の匂いも、全部が遠い世界のように感じられた。
(結局、そうだ。俺は……どうせ、誰のものにもならねぇ)
その虚ろな確信だけを胸に抱えて、遥は群れの中へ身体を滑り込ませた。
街角に屯する不良たち。赤く染めた髪、空き缶を蹴り飛ばす笑い声。視線が交差する。
「おい、ガキ。迷子か?」
低い声が笑い混じりに飛んだ。遥は、笑い返すように薄い口角を上げた。
「……連れてってくれよ。どこでもいいから」
瞬間、不良たちの笑いが弾けた。からかうような視線と、面白がるような囁きが一斉に遥を舐める。
誰かの手が肩を乱暴に掴み、引き寄せられる。息が詰まるほど近い距離で、酒臭い笑い声が落ちた。
「お前、ほんとにいいのかよ?」
遥は何も答えなかった。ただ黙ってその視線を受け入れた。
その沈黙自体が「いい」という肯定になっていた。
胸の奥に浮かんでくるのは、日下部の冷たい声。
――もう好きにしろよ。
その言葉が何度も反響し、遥を縛りつける。
(ほらな。やっぱり俺は、捨てられる。だったら……誰にでも安く渡せるだろ)
その瞬間、遥の目の奥に光が消えていった。
不良たちの笑い声が、夜の底で不気味に重なり合っていく。
数日間、遥は夜の街を徘徊した。
特別な相手ではない。名前も知らない、明日になれば顔すら思い出せない人間たち。
ふと立ち止まっては、投げやりに口をついて出る。
「遊んでみる?」
本気じゃない。むしろ拒絶されることを望んでいた。
だが、相手によっては曖昧な笑みで応じ、手を伸ばしてくる。
その流れのまま、遥は身を委ねてしまう。
行為の最中、心はどこにもなかった。
痛みや熱や声があっても、自分の輪郭は希薄で、ただ「どうせ俺なんか」という呟きが頭の奥で繰り返される。
求められているのではなく、消費されているだけ――その事実にすがるように、遥は自分を突き放した。
終わったあと、隣に誰がいるのかさえ曖昧だ。
無表情で服を整え、目を合わせずに別れる。
虚しさよりも先に、ほっとするような諦めが胸に広がる。
「やっぱり、安っぽい」
それが確かめられた瞬間だけ、安心できた。