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嫌な空……。
窓辺から外の様子を窺いながら、リリスは小さく溜め息をついていた。
もうじき、一降り来るかもしれない。
この屋敷の主――、ルー夫人が貸してくれた、舞踏会用の広間は、村中からかき集めた子ども達とその保護者達でぎっしり埋めつくされていた。
大人達の殺気立った雰囲気が怖いのか、どの子も緊張の面持ちを浮かべており、全く口を利かない。怯えた子猫のように身を寄せ合っている。
そして、今のところ、おかしなことが起きる様子はない。
あくまで今のところだが。
ふと、リリスは壁に飾られたルー家の肖像画に目を止めた。
鼻のような微笑みを浮かべた、可愛らしい女の子。
ソフィア・ルー。ルー夫人の死んだ娘。
一時はどうなるかと思ったけれど、ヴァロフェスとあんたのお母さんのお陰で何とかなるかもしれないね……。
物言わぬ微笑みにそう声をかけ、リリスはもう一度、窓の向こうに視線をさ迷わせる。
外は奇妙に薄暗く、奇妙に明るかった。
斧や棍棒、そして、弓矢などを携えた村人達が険しい顔で歩き回っているのが見える。
戦うことはヴァロフェスに禁じられたはずだが、得物でも持たなければ落ち着かないのだろう。
そして、ジョパンニ一座の男達も見回りに加わっているはずだった。
おやっさんやアブン兄ィには、村の子達と一緒にジッとしていろって言われたけど、イザって時はあたしだって戦わなきゃ……。
知らずとリリスは、唇を固く噛みしめていた。
「……リリス、リリスや」
床に腰をおろし、しっかりとタックを抱きしめたチコリ婆さんに呼び掛けられる。
「そんなところにいないで、お前もこっちにおいで。よくない者は、昔から窓から入り込むって言うからね。ほら、そんなおかしな物は余所においておいで」
「おい、ちょっと待て。ババア」
リリスが膝に乗せていたオルタンが目をグルグル回しながら言った。
「そんなおかしな物って、俺様のことかよ?」
「他に何があるんだい?」
「ンだと!? このクソババア、よく聞けよ。俺様はこう見えても――」
「やめなって」
コツン、とリリスが後ろ頭を小突いてみるとグウと奇妙な声で木偶人形は鳴いた。
「怖がることないよ、婆ちゃん。これ、あの人――、ヴァロフェスの持ちモノだもん」
「これ、言うな!! 後、俺様はあんな野郎の持ちモノじゃねえ!!」
「あー、もう、うるさいなぁ……」
窓から放り出しちゃおうかな。
ヴァロフェスもそうしていい、って言っていたし。
そんな剣呑なことを考えながら、チコリ婆さんの隣に腰を下ろした時だった。
「よお、どうだ? 変わりないか?」
「アブン兄ィ」
ひょっこり現れたなじみの顔に思わずリリスは安堵の笑みを浮かべる。
「今のところ、こっちは何ともないよ。……おやっさんやグレコー兄ィ達は?」
「村の連中と一緒に家畜を一か所に追い込んでるよ。ガキどもを守り抜いても飯のタネを奪われちゃお手上げだからな。それが終わったら、ここに合流だ」
「そう……」
「ま、全部取り越し苦労で終るかもしれねーけどな」
肩を竦め、アブンが言った。
「村中、歩き回って見たが平和なモンだったぜ? 昨日の化け物ヤローは、もう、ヴァロフェスが……」
仕留めてくれたのかもな、とアブンが口にしかけた時だった。
「ぎゃっ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああっ……!!」
野太い男の悲鳴がその楽観的な予想を打ち砕いた。
反射的にリリスは立ち上がり、窓に駆け寄っていた。
そして、見なければよかったと後悔する。
外には数人の村人がいた。
そして、彼らの肩や足、そして背中に喰らい付いているのは、見るもおぞましい異形の獣どもだった。
あの森で出会った、人の顔を持つ狼どもだ。
と、そのうちの一頭がリリスの視線に気がつき、顔をあげた。
そして、血まみれの口元を歪ませ、ニタッと微笑む。
「あ、ああっ……」
声を喘がせ、口を両手で塞ぎながら、リリスはふらっと後ずさる。
泣きたくなどないのに、ボロボロ涙が溢れて止まらなかった。
一拍置いて――、子ども達の悲壮な悲鳴が部屋中に響き始めた。
コメント
1件
第3話、ひやりとさせられました……。窓辺のリリスから始まる静かな緊張感、チコリ婆さんの「よくない者は昔から窓から入り込む」という言葉が不気味に効いてますね。そして最後の“人の顔を持つ狼”の襲撃——あの血まみれで微笑む描写が脳裏に焼き付きました。続きが気になって仕方ないです。