テラーノベル
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ドアが開く。
相談者は椅子に座ると、しばらく黙っていた。
「何かあったか」
蓮司が聞く。
相談者は少し困ったように笑った。
「それが、よく分からない」
「うん」
「たまにさ」
間。
「自分が誰なのか分からなくなる」
蓮司は椅子を引いて座った。
「名前忘れるわけじゃない」
「それはない」
「記憶もある」
「ある」
「じゃあ別の話だな」
相談者は頷く。
「なんか……」
言葉を探す。
「人によって自分違うじゃん」
「うん」
「家の自分」
「うん」
「学校の自分」
「うん」
「友達といる時の自分」
「うん」
「一人の時の自分」
少し沈黙。
「どれが本当なんだろって」
蓮司は軽く頷いた。
「ありがちな悩みだな」
相談者は苦笑した。
「ありがちなのか」
「高校生くらいだと特にな」
間。
「でも全部演技してる感じする」
「全部?」
「全部」
「疲れる?」
「ちょっと」
相談者は視線を落とす。
「本当の自分なんかない気がする」
少し静かになる。
蓮司は少し考えた。
「お前さ」
「何」
「声の大きさ、相手によって変わるか」
「変わる」
「話し方は」
「変わる」
「笑い方は」
「変わる」
「それ、嘘か?」
相談者は止まった。
「……いや」
「自然だろ」
「まあ」
間。
「人間って元々そういうもんだ」
相談者は黙る。
「でも“本当の自分”ってあるじゃん」
「あると思ってる?」
「あると思ってた」
蓮司は少し笑った。
「人気者だな。本当の自分」
相談者も少し笑う。
「何だそれ」
「みんな探してる」
少し沈黙。
「でもな」
蓮司は続けた。
「一個だけ本物があって、それ以外偽物って考えるから苦しくなる」
相談者は黙った。
間。
「じゃあ全部本物?」
「多分な」
「全部?」
「全部」
少し静かになる。
「家で静かな自分も」
「うん」
「友達と騒ぐ自分も」
「うん」
「一人で変なこと考えてる自分も」
「うん」
「全部」
相談者は考え込む。
「何かずるくない?」
「何が」
ruruha
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#読み切り
ruruha
201
#ドラマ
柘榴とAI

92
榎本くもり
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「そんな何個もあっていいのか」
「一個しかなかったら、人付き合い無理だろ」
相談者は吹き出した。
「確かに」
間。
「でも、自分の好きな部分があんまりない」
蓮司は黙る。
「嫌いな部分ばっか目につく」
「それもよくある」
「どうしたらいい」
少し沈黙。
「無理に好きにならなくていい」
相談者は顔を上げた。
「え」
「好きになれないなら、保留でいい」
「保留?」
「嫌いでも好きでもない場所」
間。
「そんな場所あるのか」
「ある」
「今のお前、全部に結論出そうとしてる」
相談者は苦笑した。
「癖だな」
「だな」
少し静かになる。
「何かさ」
「何」
「自分探しって、どっか行けば見つかると思ってた」
「見つかったやつ見たことないな」
「ないのかよ」
「ない」
相談者は笑った。
間。
「じゃあどうなる」
「生きてるうちに少しずつ分かる」
「遅いな」
「かなり」
少し沈黙。
「でも」
相談者は立ち上がる。
「分からないままでもいいなら、ちょっと楽かも」
「その方が長持ちする」
ドアの前で振り返る。
「全部偽物じゃないか」
「全部偽物なら、そんなに悩まない」
相談者は小さく笑った。
ドアが閉まる。
自分が誰なのか分からなくなるのは、自分がおかしいからじゃない。
一人の人間の中に、いくつもの顔があることに、少しずつ気づき始めているだけなのかもしれない。
コメント
1件
読了しました。 「全部本物」って言葉がすごく染みました。自分探しって旅に出れば見つかるものだと思ってたけど、「生きてるうちに少しずつ分かる」って言われて、すごく楽になった気がします。蓮司さんの「好きになれないなら保留でいい」も優しかったな。無理に一つの自分に絞らなくていいんだって思えました。この静かな会話だけでここまで心を動かされるの、すごいです。ありがとうございます。