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ドアが開くなり、彼女はため息を落として椅子に沈んだ。 そのまま机の上にスマホを置く。画面には、とあるアイドルグループの公式アカウント。
「……もう推すの、やめようかなって思って」
蓮司は椅子の背にもたれ、ペンを指でくるくる回す。
「お、推し卒。理由は?」
「最近、追うのがしんどくて。情報多いし、グッズもイベントも次々あるし……。前は楽しかったのに、義務っぽくなってきた」
「それ、“好き”から“作業”になった瞬間だな」
彼女は苦笑した。
「そうかも。周りのファン友はみんな頑張ってて、“行かないと置いてかれる”って思っちゃって」
「なるほど。置いてかれるのが嫌なんじゃなくて、“置いてかれたくない自分”が嫌なんだろ」
その言葉に、彼女は一瞬だけ眉を寄せた。
「……どういうことですか」
「本当に好きなもんなら、周りより遅くても好きでいられる。
でも、好きでいられる自信がなくなると、周りと比べ始める」
彼女は黙ってスマホを見つめる。公式が更新した最新の写真が映っている。
「……推しのことは嫌いになってないんですよ。ただ、自分の“やらなきゃ”が増えすぎただけで」
「じゃあ減らせばいい」
「そんな簡単に……」
「簡単だよ。行きたいイベントだけ行く。欲しいグッズだけ買う。推しから宿題出されてるわけじゃないんだから」
彼女は少し笑った。
「……確かに」
蓮司はペンを止め、真っ直ぐに彼女を見る。
「好きなもんは、自分が壊れる前に手を抜くほうが長持ちする。
本当に大事なら、“全部やる”より“続けられる”ほうが勝ち」
その言葉に、彼女はふっと肩の力を抜いた。
「……じゃあ、今度のイベントはパスしてもいいかな」
「いいんじゃね。代わりにその日、俺のとこで推し語りしてけよ。チケット代より安く聞いてやる」
「……聞くだけですか?」
「おう。あとコーヒーくらいは出す」
彼女は吹き出した。
「じゃあ、コーヒー代よりは価値ある話してあげます」
蓮司は口の端だけで笑った。
「期待してる」