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ドアを開けた瞬間、彼女は教科書と水筒を机に置いて、深く椅子に沈んだ。
「……もう無理かも」
「何が?」
蓮司は、机に頬杖をつきながら視線だけで促す。
「みんな、頑張ってますアピールがすごい」
「ほう。努力マウントか」
「うん……。テスト前とか、“昨日4時間勉強した”とか、“朝5時に起きてランニング”とか。別に悪いことじゃないのに、聞いてると息苦しくなる」
「お前もやってみりゃいいじゃん。“昨日は10時間寝ました”って」
彼女は少し笑ったけど、すぐに真顔に戻る。
「笑えないくらい、本当に疲れるんです。
努力してない自分が、ダメなやつみたいに感じて」
蓮司はペンをくるくる回しながら言う。
「まあ、努力ってのは本来見せびらかすもんじゃないからな。見せるってことは、褒められたいってことだ」
「でも……褒められたいのって、悪いことじゃないですよね?」
「悪くはない。ただ、他人の褒められたい欲に、自分の価値を引っ張られるのは無駄だって話」
彼女は少し黙って、窓の外を見た。
「……じゃあ、どうすればいいんですか」
「簡単だ。距離置く。話題そらす。聞き流す。
それでも耳に入ってくるなら――」
蓮司は口角を上げた。
「“お前、すごいな”って言って、内心は全然気にしない」
「……それ、ずるくないですか?」
「生きやすいって言え」
彼女は思わず吹き出した。
「でも、そんなふうに割り切れたら楽そう」
「楽になるよ。だって、お前はお前のペースでやればいい。誰かのアピールに付き合う義理なんかない」
少しの沈黙のあと、彼女は水筒を手に取って小さく頷く。
「……じゃあ、今度そうしてみます。笑って流す」
「おう。ついでに俺にも“すごいな”って言っとけ。努力はしてないけど」
「……言いません」
蓮司は肩をすくめて笑った。
「残念」