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ゆぴ
54
スミレ
131

2,307
教室へ入ると、いつものざわめきが耳に入った。
誰も「おはよう」とは言わない。
遥も言わない。
自分の席へ向かい、静かに鞄を置く。
椅子を引いただけで、身体の奥に鈍い痛みが走った。
顔には出さない。
出せば面倒になる。
「おい」
横から声が飛ぶ。
遥は振り向かない。
「聞こえてんだろ」
机の横に影が落ちる。
クラスメイトが立っていた。
「プリント、職員室」
数枚の紙を机へ置く。
「何で俺が」
「暇そうだから」
周りから笑い声が漏れる。
遥は何も言わずプリントを持った。
断れば長引く。
持って行った方が早い。
廊下へ出る。
職員室でプリントを渡し、教室へ戻る途中だった。
「遥」
聞き慣れた声に足が止まる。
日下部だった。
手には紙パックのコーヒー牛乳を持っている。
「朝からどっか行ってた?」
「頼まれただけ」
「またか」
遥は答えない。
日下部は何か言おうとしたが、遥の歩き方を見て眉をひそめた。
「足どうした」
「何でもねぇ」
「何でもなくねぇだろ」
「寝違えた」
「嘘つけ」
即答だった。
遥は少しだけ苛立つ。
「何でそう決めつけんだよ」
「お前、痛い時だけ右足かばう癖ある」
遥の表情が止まる。
そんなところまで見られていたとは思わなかった。
「昨日より悪くなってる」
「……気のせい」
「気のせいじゃねぇ」
日下部は一歩近づいた。
遥は反射的に一歩下がる。
その動きを見て、日下部も足を止めた。
それ以上は近づかなかった。
「悪い」
ぽつりと言う。
「近づきすぎた」
遥は視線を逸らした。
謝るところじゃない。
近づかれることが怖いんじゃない。
近づく相手が日下部であることが怖い。
その理由を説明する言葉を、遥は持っていなかった。
チャイムが鳴る。
廊下にいた生徒たちが一斉に教室へ戻り始める。
「戻るか」
日下部が言う。
遥は小さく頷き、何も言わず歩き出した。
教室の扉を開けた瞬間、数人の視線が二人へ向く。
「また一緒」
「最近よく見るな」
小さな笑い声。
遥は胸の奥が冷えていくのを感じた。
日下部はその空気に気付いたものの、まだその視線が遥にとってどれほど重いものなのかまでは理解できていなかった。
コメント
1件
お疲れ様です、読み終えたよ〜! 第19話、静かに締め付けられた…。日下部くん、遥の癖まで覚えてて「寝違えた」って嘘を見抜くの、もう♡♡♡に来てるやん…! でも遥がそれを「怖い」って感じる切なさがもうね、胸がぎゅーってなったよ😭 周りのヒソヒソ声も地味にキツい描写で、距離感模索する二人を見守りたくなった。次、どう話動くんだろ…めっちゃ気になる!!