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冬の午後、空はまだ明るいのに、気温だけが先に夜へ向かっていた。窓際の床に落ちる光は白く、長く、どこか頼りない。
真白はソファの端に座り、膝の上で指を組み直す。
アレクシスは窓を少しだけ開け、冷たい空気を入れた。換気というほどでもない、気配を入れ替えるだけの動作。
「寒くない?」
そう聞かれて、真白は小さく首を振る。
実際は少し寒かった。でも、その温度が嫌ではなかった。
アレクシスが窓を閉めると、外の音が遠のく。
代わりに、時計の秒針の音が浮き上がる。規則正しく、でも主張しすぎない。
テーブルの上には、洗い終えたマグ カップが二つ伏せてある。
乾ききらない水滴が縁に残り、冬の光を受けて曇っていた。
「あとでお茶、淹れようか」
「うん」
返事は短いけれど、間があった。
その間に、これまでの静けさが崩れずに保たれているのを、互いに確認したような感覚。
アレクシスは真白の向かいに座る。距離は近すぎず、遠すぎず。
ソファが軋む音が、小さく鳴った。
真白は自分の手の甲を見つめる。
指先が少し赤い。冷えたというより、冷えを長く放置した色。
「……昔は、冬が苦手だった」
ぽつりと落ちた言葉は、独り言に近かった。
アレクシスはすぐに返さない。
ただ視線を外さず、続きが来る位置に自分を置く。
「寒いのが、じゃなくて」
真白は一度言葉を切る。
「冬になると、何か始まる気がして。あんまりいいことじゃない方の」
言い終わる前に、息が白くなった気がした。実際には室内だ。
でも、その感覚だけが残った。
「今は?」
アレクシスの声は低く、音量も角度も変わらない。
「今は……」
真白は少し考え、肩をすくめる。
「始まるっていうより、ちゃんと終わる感じがする」
終わる。
その言葉は、冷たくもあたたかくも聞こえた。
アレクシスは立ち上がり、ブランケットを一枚取って戻ってくる。
無言で、しかし躊躇なく、真白の肩にかける。
「ありがとう」
礼を言う声は小さい。
でも、ちゃんと届く大きさだ。
ブランケットの重みが、少しだけ安心を連れてくる。
包まれている、というより、そこに在ると確認できる重さ。
窓の外では、風に揺れた枝が影を落としていた。
葉はもうほとんど残っていない。音だけが、冬を知らせる。
「冬ってさ」
アレクシスが静かに言う。
「無理にあったかくしなくてもいい季節だと思う」
「え?」
「寒いなら、寒いって分かるし」
間を置いて、
「それでも一緒にいられるか、ちゃんと考えられる」
真白は答えず、ブランケットの端を指で掴む。
その動作が、肯定とも否定ともつかない曖昧さを残す。
でも、ソファの距離は縮まらなかった。
縮めなくても、離れないと分かっているから。
時計の音が、また意識に戻る。
外は冷え込み、部屋はまだ少し寒い。
それでも、午後は穏やかに、確実に進んでいった。