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朝の光は薄く、曇りガラスに反射して白く滲んでいた。リビングには暖房の低い風の音が漂い、その上に、やかんの小さな沸き始めの音が重なる。
アレクシスはキッチンで湯気を見守りながら、振り返る。
ソファには真白が丸くなり、ブランケットを半分だけ肩にかけて眠っていた。
寝るつもりなんてなかったのだろう。足元のスリッパは脱げたまま転がっている。
「また寒いところで寝て……」
そう呟きながら、アレクシスは湯を止め、マグカップを二つ用意した。
紅茶のティーバッグを入れると、冬の朝にだけ似合う香りが静かに漂い始める。
ソファに近づくと、真白の髪が少し湿っているのに気づいた。
外から帰ってすぐソファに座って、そのまま寝てしまったのだろう。
「……風邪ひくよ」
ブランケットをそっと持ち上げる。
その動きに合わせるように、真白のまつげがかすかに動いた。
「……アレク?」
寝ぼけた声は、冬の朝の空気の温度にぴったり合う。
「おはよう。というか、おやすみのほうが合ってるかもね」
アレクシスは少し笑い、ブランケットを整えてやる。
真白は上体を起こし、ぼんやり周囲を見た。
そして、鼻先までブランケットを持ち上げたまま言う。
「寒かった……」
「知ってる。見てたから」
その返事に、真白の頬がうっすら赤くなる。
寒さだけのせいではないと、アレクシスは薄々わかっていた。
マグカップを手渡すと、真白は両手でしっかり抱きしめるように持った。
湯気が顔にかかり、まぶたが安心したように緩んだ。
「冬って、なんか気が抜けるよね……」
「抜けるというか、隙だらけというか」
「ひどい」
でも、声は笑っていた。
アレクシスは真白の隣に腰を下ろす。
座った瞬間、ソファが少し沈み、互いの体温がわずかに近づく。
「隙だらけでいいよ。うちは安全だから」
真白が横目でアレクシスを見る。
その視線は、なぜかすぐに逸れた。
「……そう言われると、余計に眠くなる……」
「寝ててもいいよ」
「でも、朝だし……」
「冬の朝は特別。二度寝の許可が出る」
「だれの許可?」
「俺」
返事はしなくてもいいような軽さで言ったのに、
真白はちゃんと聞き、ちゃんと反応してしまう。
真白はゆっくりとカップをテーブルに置いた。
そして、アレクシスの肩に自然にもたれかかった。
「……じゃあ、もう少しだけ」
アレクシスは驚かなかった。
こうなるだろうと予想していた。冬の真白は、春よりも夏よりも、距離の感覚が緩む。
「眠いなら、寝なよ」
「うん……」
言葉の終わりの方はすでに小さい。
やわらかい重みが肩にくる。
時計の秒針だけが部屋に響き、外の風の音が遠くに流れる。
アレクシスは静かに息を吸って、目を閉じた。
しばらくして、真白の呼吸が深くゆっくりになる。
——冬って、悪くない。
そう思ったのは、この家に来てからだ。
寒さを分け合える相手がいる季節は、記憶よりずっと明るい。
真白の髪にそっと手を置くと、指先に少し冷たさが残る。
けれど、それもすぐに溶けていった。
ふたりの朝は、冬の速度でゆっくり進んでいく。
その遅さを、誰も邪魔しないまま。