テラーノベル
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ドアが静かに閉まる音。 入ってきたのは細い肩をすくめた少女だった。視線は床。歩くたび靴音が小さく震えている。
「……来たか。椅子ぐらい、勝手に座れ」
促されて腰を下ろすと、彼女は長い沈黙のあとで、か細い声を吐いた。
「……夜になると、思い出すんです」
「何を」
「……昔のこと。小さい頃、家で……」
言葉が途切れる。
唇を噛み、必死にこらえるように。
「殴られたり、怒鳴られたり……。大したことじゃないって思おうとするんですけど、今でもふとした瞬間に怖くて。声とか、足音とか、似たものを聞くだけで心臓が止まりそうになる」
蓮司はしばらく黙っていた。やがて小さく笑う。
「へえ。身体はもう自由でも、心はまだ檻の中ってわけか」
「……そう、なのかもしれません」
「それで? 今はもう大丈夫なふりしてんのか」
「……はい。誰にも言えないし、言ったところで“過去のことじゃん”って笑われそうで」
彼女は膝の上で手を握りしめる。
「夜、寝られなくて……。夢の中で、まだ同じことされてるみたいで。――そのせいで、明日が来るのが怖いんです」
蓮司は机に肘をつき、片手で口元を隠しながら、静かに言った。
「……トラウマってやつはな、治すより“飼う”もんだ」
「……飼う?」
「そう。消すなんて無理だ。無理に消そうとするほど逆に暴れる。だったら鎖つけて、近くで吠えさせときゃいい」
「……でも、怖いです」
「怖くて当然だろ。怖いのを否定すんな。怖いままでも、お前はちゃんと生きてる。そこに価値がある」
少女は目を伏せる。
瞳の奥に、涙がにじんでいた。
「……強くならなきゃ、ってずっと思ってました」
「強いってのは“怖がらないこと”じゃねえ。“怖がりながら、それでも一歩進むこと”だ」
その言葉に、彼女の肩がわずかに震えた。
「……私、弱いです」
「弱いから、生き延びたんだろ。壊れなかったんだからな」
彼女は初めて、顔を上げる。涙で赤くなった目のまま、かすかに笑った。
「……生きてるだけでいい、ですか」
「ああ。生きてるだけで、十分すぎる」
帰っていく背中を見送りながら、蓮司は低く吐き出す。
「……弱さを隠すやつより、弱さ抱えて立ってるやつのほうがよっぽど強ぇんだよ」
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