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放課後。教室の空気は、重苦しい沈黙のかわりに、笑い声で満たされていた。その中心で、遥は床に額を押しつけるようにして、必死に頭を下げていた。
「……頼む。日下部には、何もするな」
掠れた声は、床に吸い込まれるほど小さい。
「はぁ? 聞こえねぇな」
「もっと大きな声で言ってみろよ。誠意が足りねぇんじゃね?」
笑い混じりの命令に、遥の喉が引き裂かれる。
言葉にするたび、惨めさで胸がえぐられる。
それでも彼は顔を上げられない。
「……日下部には……絶対に……手を出すな。代わりに、俺がやるから」
床に爪が立つ。血が滲むのも気づかない。
必死に、命乞いのように繰り返す。
「なんでもする。殴られてもいい。笑いものにされても……どんなことでも……俺で遊べばいい」
「だから、アイツだけは……やめてくれ」
沈黙。
その痛々しい必死さが、かえって彼らの嗜虐心を刺激する。
「ははっ、マジだよ、こいつ」
「“なんでもする”ってよ。聞いた? 何でもだってさ」
「うわ、鳥肌立った。お前、自分の顔見たことあんの? 涙と鼻水でベチャベチャだぞ」
誰かが机を蹴った。
ガタン、と音がしても遥は動けない。頭を下げたまま、ただ縋る。
「……どうしても、日下部に触るなら……俺を殺してからにしてくれ」
その言葉に、一瞬空気が張り詰めた。
だが次の瞬間、乾いた笑いが弾ける。
「おいおい、“殺してから”とか……かっこつけんなよ」
「でもさ、いいなこれ。泣きながら必死に頼む顔、日下部にも見せてやろうぜ」
「守りたいって? だったら、余計に壊してやりたくなるよな」
――遥の願いは、彼らの興奮をさらに煽るだけだった。
必死で絞り出した言葉が、逆に彼を追い詰める材料となり、嗜虐の笑いを強めていく。
そして翌日、日下部の名前はまた呼ばれる。
「昨日の“ごほうび”のおかげで、こっちも調子いいんだよ」
そんな悪意を隠さない笑顔と共に。
遥は理解した。
懇願も、犠牲も、必死の言葉も――すべては、嗜虐を肥やす燃料にしかならないのだ、と。