ドアを開けて入ってきた相談者は、椅子に座ってすぐ言った。
「普通にされると疑う」
蓮司はペンを回している。
「誰に」
「誰でも」
「優しくされると?」
「いや。優しいとかじゃない。普通」
相談者は机の角を指でなぞる。
「普通に話される。普通に笑う。普通に席座る」
「それで?」
「“なんか裏あるだろ”って思う」
蓮司は頷く。
「どこで落とすんだろうな」
「そう」
「いつ裏返るんだろうな」
「そう」
少し沈黙。
「前にあった?」
「山ほど」
相談者は笑うが、目は笑っていない。
「最初は普通なんだよ。普通に話す。普通に一緒にいる」
「で?」
「途中からいじられる。からかわれる。笑われる。気付いたら役割できてる」
「役割」
「“こいつはこういうやつ”って」
蓮司は机に肘をつく。
「最初からそうじゃない?」
「違う」
「最初は普通」
「で、途中で変わる」
「だから普通が信用できない」
相談者は頷く。
「普通ってさ」
「うん」
「前兆に見える」
静かな声だった。
「嵐の前の」
蓮司は少しだけ息を吐く。
「人間関係を天気で見てるな」
「また天気かよ」
「似てる」
相談者は苦笑する。
「でもさ」
「何」
「普通が一番怖い」
「なんで」
「優しいならまだ分かる。狙いがある。好かれてるとか」
「普通は?」
「読めない」
机を軽く叩く。
「読めないのが一番怖い」
沈黙。
「裏があるかもしれない」
「あるかもしれない」
「笑われるかもしれない」
「あるかもしれない」
「結局さ」
相談者は天井を見る。
「信じると損する確率の方が高かった」
蓮司は否定しない。
「学習だな」
「だろ」
「ただ問題がある」
「何」
「その学習、期限切れてる可能性」
相談者の視線が戻る。
「環境変わってるのに、同じ警戒レベルで動いてる」
「変わってる保証ある?」
「ない」
「じゃあ疑う方が安全」
「安全だな」
蓮司は頷く。
「でもコストが高い」
「コスト?」
「全部疑うと、人間関係が全部テストになる」
相談者は黙る。
「普通の会話でも、“裏ある?”“罠?”ってチェックする」
「してる」
「疲れるだろ」
「めちゃくちゃ」
少し沈黙。
「疑うな、とは言わない」
蓮司が言う。
「でも一個だけ変えろ」
「何」
「“裏があるかもしれない”じゃなくて」
「?」
「“裏が出るまで普通扱い”にしろ」
相談者は考える。
「先に疑わない?」
「先に判決出さない」
「でも騙されたら」
「一回騙される」
蓮司は淡々と言う。
「その代わり、全部疑って孤立するよりマシな場合がある」
相談者は苦く笑う。
「賭けじゃん」
「人間関係は全部そうだ」
沈黙。
「普通に接してくるやつがいる」
「ああ」
「信用していい?」
「まだするな」
「は?」
「観察しろ」
「観察」
「普通が続くかどうか」
相談者は小さく頷く。
「裏が出たら?」
「距離取れ」
「普通が続いたら?」
「そのとき初めて信用考えろ」
長い沈黙。
「俺さ」
「何」
「普通を受け取るの、めちゃくちゃ下手」
「練習しろ」
「難しい」
「知ってる」
立ち上がる。
「普通ってさ」
「何」
「一番地味な好意の形だったりする」
相談者は少し止まる。
「……そうなのか」
「気付かないやつ多い」
ドアの前で振り返る。
「もし裏なかったら?」
「そのときは」
蓮司は肩をすくめた。
「世界が少しマシだったってだけだ」
ドアが閉まる。
裏切られた経験は、
普通を疑わせる。
でも全部疑うと、
普通の好意まで切り捨てることになる。






