テラーノベル
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営業も終盤。
店内の照明は変わらないのに、空気だけが少し柔らかくなる。
帰る人。
延長する人。
新しく入ってくる人。
それぞれの流れが重なる時間。
私は伝票を確認して、黒服に返した。
「ナナ」
「はい?」
「高槻さん、ラスト一枠お願い」
「分かりました」
席へ向かう。
「おかえり」
「ただいま、じゃないですよ」
「言うと思った」
笑う。
この人は、返しまで分かっていて話しかけてくる。
「疲れた?」
「ちょっとだけ」
「珍しい。本音?」
「半分くらい」
「じゃあ半分は営業?」
「秘密です」
高槻さんは声を出して笑った。
「そういうとこ、ずるいよね」
「何がですか」
「ちゃんと答えないのに、答えた気にさせるとこ」
私は返事を考える。
でも、その前に。
「ナナ」
また呼ばれた。
黒服じゃない。
少し離れた席。
真瀬さんだった。
目が合う。
「ごめん」
小さく手を上げる。
「会計、お願い」
「あ、はい」
立ち上がろうとすると、
「行っておいで」
高槻さんが先に言った。
「待ってますから」
その言い方が自然すぎて、少しだけ申し訳なくなる。
「すみません」
「いいよ」
笑顔。
いつも通り。
私は真瀬さんの席へ向かった。
伝票を置く。
「今日はもう帰るんですね」
「うん」
財布を取り出しながら、
「明日も仕事だから」
「私もです」
「知ってる」
その返事に少し笑う。
「何ですか」
「いや」
真瀬さんも少し笑う。
「そうやって笑う方がいいなって思って」
一瞬。
言葉が止まる。
営業なら、もっと上手く返せる。
でも。
今は出てこない。
「……ありがとうございます」
それだけ言う。
真瀬さんは頷いて、席を立った。
帰り際。
「お疲れさま」
「お疲れさまでした」
それだけ。
それだけなのに。
背中が見えなくなるまで、なんとなく目で追ってしまう。
「もう帰った?」
後ろから声がする。
振り返る。
さっき奥の席にいた人だった。
「はい」
「名残惜しそうでしたね」
唐突だった。
私は思わず笑う。
「そんな顔してました?」
「少し」
その人はグラスを指で回しながら続ける。
「自分では気づかないものですね」
「何がですか」
「視線って」
私は何も言えなかった。
言い返そうと思えば言えた。
仕事ですから。
そんなわけないですよ。
いくらでも。
でも。
さっきの自分を思い返すと、否定する自信がなかった。
「失礼でした」
その人は軽く頭を下げる。
「忘れてください」
「……忘れます」
そう答えた。
けれど。
その一言だけは、営業が終わるまで、頭から離れなかった。
コメント
1件
読了しました。第40話、終盤の空気感がとても良く出ていましたね。特に「視線」のやりとりが印象的です。真瀬さんを見送った背中を追う瞬間、お客さんに「名残惜しそうでしたね」と指摘される——否定したいのに否定できない、あの微妙な居心地の悪さと心地よさが絶妙でした。高槻さんの「待ってますから」も自然な優しさで、二人の距離感がじんわり伝わってきます。この店の時間、好きです。
#キャバ嬢
ruruha
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