食事を終えた二人は店を出た。
外に出ると奈緒はすぐにご馳走になった礼を言う。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
「それなら良かったよ。じゃ、行こうか」
二人は先ほど歩いて来た海沿いのデッキを戻り始めた。
歩き出してすぐに省吾が奈緒と手を繋ぐ。
奈緒がびっくりして省吾の顔を見上げると、省吾はこう言った。
「恋人繋ぎの方がいい?」
省吾はクスッと笑うと五本の指を奈緒の手に絡ませた。
奈緒は途端に心臓がドキドキして緊張してしまう。しかし嫌な気はしなかったので、そのまま手を繋いで歩いた。
夜の海はすっかり漆黒の闇に包まれている。
揺らめく波の向こう岸には、商業施設の明かりが見えた。
デッキに等間隔に並んでいる松明の炎がなんともいえずロマンティックだ。
少しでもその雰囲気を楽しもうと、手すり沿いには何組ものカップルが肩を寄せ合って夜景を眺めていた。
「少し夜景を眺めて行こうか?」
省吾はそう言って奈緒を手すりまで連れて行った。
二人は目の前に広がる夜の海を、しばらくの間見つめた。
そこで省吾が奈緒に聞く。
「仕事にはもう慣れた?」
「はい。まだ時々ミスをしちゃいますけど」
「ハハッ、奈緒のミスはミスのうちに入らないよ。秘書としては完璧だ」
「そうならいいんですけど……」
「会社は楽しい?」
「はい。さおりさんと恵子さんがとてもいい先輩なので、毎日凄く楽しいです」
「それなら良かったよ」
そこで省吾は一度フーッと息を吐いてから、再び奈緒に質問した。
「前の彼の事は、もう大丈夫そう?」
いきなり徹の事を聞かれたので奈緒はびっくりする。なぜそんな事を聞くのだろうか?
「……大丈夫って言い切れる自信はないですが、でもなんとか大丈夫そうです」
「そっか……」
そこで奈緒は今の正直な思いを省吾に話し始めた。
「私、怖かったんです」
「怖かった? 何が?」
「彼の事を忘れてしまう事が」
「うん?」
「終わり方はあんなでしたが、五年も付き合った相手です。だから彼の事を忘れてしまえば、私の過去の五年間を全て失ってしまうような気がして……だから忘れるのが怖かったんです」
「そっか……」
「でも最後があんな終わり方だったので、やっぱり彼に対する許せない気持ちでいっぱいで…。でも考えみたんです。もし今彼が生きていたら、私はあのまま彼と結婚出来ただろうかって……」
「うん……で? 結婚してた?」
「しなかったと思います」
「そうか……」
「今になってみれば、あの時無理に終わってよかったのかなって。もしあのまま結婚していたとしても、きっと上手くいかなかったと思います。そう考えるとふんぎりがつきました。彼との事は全て過去の思い出に変えようと思います」
奈緒はそう言い終えると、スッキリした顔で微笑んだ。
「そっか……それはかなりの進歩だな。偉いぞ!」
その時省吾が奈緒の頭をクシャクシャッと撫でたので、奈緒はドキッとする。
省吾の大きな手の感触はとても心地よかった。
奈緒は省吾に褒められたような気がして、少し自信が湧いた。
それから二人は海を眺めながらしばらく雑談をした後、また手を繋いで駐車場へ向かった。
奈緒のマンションへ向かう車中で、奈緒は省吾に聞いた。
「そういえば、深山さんのご自宅はどちらなのですか?」
「俺は品川だよ」
「え? すみません…反対方向なのに……」
「近いから大丈夫だよ。それより明日からはまた忙しくなるからなー、よろしく頼むよ」
「はい」
奈緒が窓の外を見ると、夜の華やかな街明かりが光の線となって流れていく。
その時、かすかに省吾の香りが鼻をついた。CEO室で省吾の膝に座った時に感じたあの香りだ。
それはシトラス系の爽やかな香りだった。
耳にはリズミカルなピアノジャズが流れている。夜のドライブにピッタリな音楽だ。
奈緒は自分がかなりリラックスして車に乗っている事に気付いた。
レストランで省吾と私的な話を色々としたからだろうか?
省吾に対する警戒心のようなものは一切なくなっていた。
その時、奈緒の指にフワフワとした『降るリン♪』が触れた。
奈緒は到着するまでの間、ずっとそのマスコットを触り続けていた。
奈緒のマンションに到着すると、省吾はハザードランプをつけてエンジンを切った。
それが何を意味するのか、奈緒にはわかっていた。
きっとまたキスされる……そう思った途端、奈緒の頬に何かが触れた。
省吾は手を奈緒の頬に優しく添えると、再び奈緒の唇を奪う。
先ほどのキスよりも更に甘くソフトなキスだった。
キスの合間、思わず奈緒の口から甘い吐息が漏れてしまう。
それを合図に、省吾のキスは徐々に激しくなっていく。
車中では チュッ クチュッ というリップ音だけが響く。
気付くと奈緒のシートベルトはいつの間にか外され、奈緒はすっぽりと省吾に抱き締められていた。
すっかり力が抜けてしまった奈緒は、省吾にもたれるようにしてキスを必死に受け止める。
息をする暇がないほどの激しいキスに、奈緒は溺れていく。
(あっ……駄目……)
クラクラする頭で奈緒が思った時、漸く省吾が唇を離した。
「ふぅっ……これ以上はヤバいな」
奈緒は恥ずかしさのあまり頬を染めたままうつむく。
そこで省吾は一度大きく深呼吸してから言った。
「奈緒、大丈夫か? フリーズしてるぞ」
省吾がニヤッと笑って言ったので、奈緒はムキになって答える。
「ち、ちょっとびっくりしただけですっ」
その瞬間、奈緒は再び省吾に抱き締められる。
省吾の喉元に顔を押し付けられた奈緒は、あのシトラスの香りを間近で感じた。
「今日は楽しかったね。奈緒、また行こうな」
「はい」
そして省吾は名残惜しそうに身体を離すと、奈緒の額にチュッとキスをした。
奈緒が車を降りると、省吾は助手席の窓を開けて言った。
「じゃあ、また明日」
「帰り道お気をつけて」
「うん、ありがとう」
そこで省吾は一旦前を見る。そして再び奈緒の方を見てからこう言った。
「奈緒、愛してるよ!」
奈緒がびっくりして硬直していると、省吾はニッコリと笑ってからアクセルを踏んだ。
走り去る車を見送りながら、奈緒は呆然としていた。
(今……なんて?)
奈緒は一瞬、今省吾に言われた言葉が空耳だったのではないかと疑う。
しかし空耳ではなかった。省吾は確かにはっきりと言った。
奈緒に向かって「愛しているよ」と。
奈緒はしばらくその場に立ち尽くしていたが、人の気配を感じて急に我に返る。
そして慌ててマンションのエントランスを入って行った。
コメント
30件
とーるちゃんのことを話す場面で「でも考えてみたんです。」の「て」が抜けているかと思われます。 関係ないけど、ついでに歌っちゃえっ。 どきゅん、ずきゅん、むねうつぅ、たくらみはかなり~、ちょうはつてぇきな、や、つ、だ、めだつんだぱぁりぃ、ごきげんっ、ふーっ(『ごきげんだぜっ!』より)m.c.A.T.とISSAとジャニーズにおった屋良くんっちゅう子のやつを最近You Tubeで観た。屋良くん、歌上手いと思うけど、なんでデビューできひんかったんや。それを言うたら、生田斗真もそうか。
わっ。ずるっ。言い逃げしよった。
諸々ゴチソウ様でした~💖