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夜の街は、遥にとって罰のように冷たく、そして甘い。ネオンの光は眩しくもどこか虚ろで、歩く人々の笑い声は、遥を遠い世界へ追いやる。
――どうせ俺は守られない。
その思いを、ただ証明すればいい。
歩道橋を降り、裏通りへ入ると、柄の悪い数人が壁にもたれて煙草を吸っていた。視線を合わせるだけで絡まれるような連中。普通なら避けて通る。けれど遥は、足を止めた。
「……なに見てんだ」
煙の奥から声が飛ぶ。
遥は肩をすくめ、挑発するように口の端を歪めた。
「別に。通りたかっただけ」
わざと乱暴な足取りで近づいていく。
胸の奥がざわつく。
このまま殴られればいい、と思った。
痛みがほしい。
誰にも庇われないまま、地面に転がって、冷たいアスファルトを感じればいい。
「おい、ガキが舐めてんのか?」
一人が歩み寄り、遥の胸倉を掴んだ。
力は強く、呼吸が詰まる。
けれど遥は抵抗しない。むしろ唇の端に笑みを浮かべた。
「……なんだよ。やんのか?」
挑発の言葉が落ちた瞬間、拳が頬に飛んだ。
衝撃で視界が揺れ、身体が壁に叩きつけられる。
痛みが広がる。
けれどそれは、遥が望んだ証拠だった。
――ほらな。やっぱり、俺なんて守られない。
結局、誰も来やしない。
次の蹴りが腹を抉り、膝から力が抜ける。
倒れ込みながらも、遥は笑った。
乾いた声が、夜に滲んだ。
「……そうだよな。俺なんか、殴られて当然だ」
血の味が口に広がる。
その鉄臭さが、過去と現在を混ぜ合わせていく。
幼いころ、晃司や怜央菜に押さえつけられた夜。
どんなに助けを求めても、誰も来なかった。
「守ってほしい」と言えなかった子供の自分が、今も胸の奥で泣いている。
――だから試す。
もう一度だけ、証明する。
やっぱり俺は、いらないんだって。
「おい、まだやるか?」
誰かの声が笑い混じりに響く。
視界が霞んで、顔も見えない。
遥は口元を拭って、よろよろと立ち上がった。
「……もっとやれよ。どうせ俺なんか……」
わざと拳に近づく。
逃げようとしない。
自分を壊してしまいたかった。
殴られる瞬間、ふと心のどこかで考える。
――日下部が見たら、どう思うだろう。
きっと、嫌悪するだろう。
「お前なんかもう知らない」と言って去っていく。
その未来を確かめたくて、わざと弱々しい笑みを浮かべた。
アスファルトに叩きつけられた衝撃で、思考が一瞬途切れる。
目の端に光が滲む。
街のざわめきが遠ざかる。
守られない。
守られない。
ずっとそうだった。
――だったら、もう確かめる必要もない。
俺は最初から、一人なんだ。
その呟きは声にならず、夜の闇に溶けた。