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夜の街に沈むのは、一度だけでは足りなかった。殴られた頬の腫れも、血の味も、まだ生々しく残っているのに――遥はまた同じ道を歩く。
痛みは消えない。むしろ癒える前に上書きしたくなる。
「どうせ俺は守られない」と確かめるために。
守られないことを、何度でも証明しなければ落ち着かない。
今度は駅前の繁華街に出た。夜更けでも灯りは消えず、酔った大人や不良が群れをなしていた。
路地裏でタバコを吹かす男たちの前を、遥はふらりと立ち止まる。
「火、貸してくれない?」
無防備に笑い、ポケットから晃司からくすねたタバコを出す。吸い慣れもしないのに、わざと咥える。
「なんだよお前、未成年だろ」
笑い声が起きる。
「バレたら捕まんぞ」
からかう声に、遥はわざと肩をすくめる。
「いいよ、捕まったって」
まるで罰を望むみたいに。
ライターの火が目の前に差し出される。
遥は震える指で火を受け取り、肺に煙を流し込む。
すぐにむせて咳き込む。涙がにじむ。
それでも、わざと笑った。
「ほらな、俺、なんか似合うだろ」
彼らは笑いながらタバコを回し、酒を勧めてきた。遥は迷わず手を伸ばす。
口の中に流れ込む強いアルコールの熱に、胃が焼けるような感覚。
喉が拒否しても、押し込む。
「俺なんか壊れて当然なんだ」
心の奥で呟きながら。
次の夜はさらに無謀だった。
遥は夜の公園で、バイクを吹かす少年たちに近づいた。
「乗せろよ」
挑発混じりに言う。
「なんだ、命知らずか?」と笑われても、遥は怯まない。
「どうせ死なねえと終わんないだろ」
その一言に、少年たちは面白がって後ろに乗せた。
振り落とされそうなスピード。
風が頬を裂き、景色が千切れて流れていく。
胸の奥に、死への渇望がかすかに火を灯した。
「このまま転べばいい」
誰にも惜しまれず、消えてしまえばいい。
アクセルが上がるたびに、遥は笑っていた。
けれど、バイクは止まり、無事に夜が終わってしまう。
死ねなかった。
守られなかった。
それでも、終わらなかった。
帰り道、遥は自分の手を見下ろした。
指が震えている。
胸が詰まって呼吸が乱れる。
涙が勝手に滲んでくる。
――やっぱり誰も来ない。
――俺なんか、どうせ。
ポケットの中で携帯が重い。
日下部の名前を呼び出すことは簡単だった。
けれど指は動かない。
「どうせ……来ない」
確かめる前から決めつけて、携帯を閉じる。
その夜、遥はまた歩いた。
街を徘徊し、殴られ、蹴られ、酒に溺れ、嘲笑される。
「守られない自分」を積み重ねるように。
傷が増えるほど、心の奥にぽっかりと空洞が広がっていく。
証明しても証明しても、虚しさは消えない。
――それでもやめられない。
「俺は、いらない」
その言葉を刻み込むように、夜の底へ沈んでいった。