夜の涼しさが、そのまま部屋の空気に残っていた。
カーテンの隙間から差し込む光は、夏よりも少しだけ柔らかい。
キッチンでは、アレクシスがミルを回していた。
“ガリ、ガリ”という音が、静かな朝に心地よく響く。
その音に誘われるように、真白が寝ぼけた顔で現れる。
「……おはよう、アレク」
「おはよう。もう起きた?」
「うん、コーヒーの匂いで」
アレクシスは小さく笑い、ポットにお湯を注ぐ。
立ちのぼる湯気とともに、香ばしい香りが広がった。
真白はテーブルに頬をつけながら、それを眺めている。
「今日の豆、いつもと違う?」
「うん。秋限定って書いてあったから、試してみた」
「限定……弱いんだよね、そういう言葉に」
「知ってる」
アレクシスがそう言って笑うと、真白もつられて笑った。
カップに注がれたコーヒーは、少しだけ濃い色をしている。
そこに温めたミルクを注ぐと、表面に白い渦が浮かんだ。
「はい、カフェオレ」
「ありがと。……っ、熱い」
「だろうと思った」
アレクシスが軽く笑って、真白の前にコースターを置く。
木の香りとコーヒーの香りが重なって、部屋の空気が少しだけ秋めいていた。
「ねえ、秋ってさ」
「うん?」
「なんか、さみしい匂いするよね」
真白の言葉に、アレクシスは少しだけ視線を落とした。
「でも、それが落ち着く匂いでもある」
「アレクっぽい」
「どういう意味?」
「静かで、ちょっと冷たくて、でも優しい」
アレクシスは返事をしなかった。
けれど、マグの中の泡を見つめながら、ほんの少し笑った。
窓の外では、風に揺れる木々の音がする。
夏の蝉に代わって、どこか遠くで鈴虫の声が混じっていた。
季節の境目の、ほんの一瞬の静けさ。
真白がカップを両手で包むようにして言った。
「……この季節、好きかも」
「なんで?」
「アレクと飲むコーヒーが、一番おいしく感じる」
一瞬だけ、アレクシスの手が止まった。
そのまま視線を上げると、真白が少し恥ずかしそうに笑っている。
「いや、別に深い意味じゃなくて……」
「わかってる」
アレクシスは短く言い、穏やかに目を細めた。
沈黙が、音楽みたいに優しく流れる。
カップの底で氷の代わりに泡が静かに消えていく。
「……また豆、買いに行こうか」
「うん。今度は一緒に選びたい」
二人の間を、温かな香りが包み込む。
窓の外に見える空は、どこか遠くまで澄んでいた。
夏と秋のあいだ。
言葉にしなくてもわかる季節の温度が、そこにあった。
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