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十月の風が、ゆっくりと部屋の中まで入り込んできた。
午前中に洗っておいたシャツを畳みながら、真白は小さくくしゃみをする。
「もう長袖の季節か……」
テーブルの向こうでは、アレクシスが湯気の立つマグを片手に、翻訳原稿を読んでいる。
眼鏡越しにページを追う姿は、静かで、少し遠い。
でもその静けさの中に、なぜか安心する。
「これ、シワになっちゃったね」
「どれ?」
アレクシスが顔を上げる。
真白は自分の袖を引っ張りながら苦笑した。
「干し方、間違えたかも」
アレクシスは立ち上がり、彼のそばに来る。
「ちょっと見せて」
指先がそっと、真白の手首あたりに触れた。
軽く折り返された袖口を直す動き。
生地越しに伝わる体温が、やけに近く感じる。
「……こんな感じ」
「ありがとう」
言葉よりも前に、真白の耳が熱くなっていた。
すぐに離れればいいのに、アレクシスはもう一度だけ、形を確かめるように袖をなぞる。
「この素材、少し薄いね。寒くない?」
「だいじょうぶ。アレクの淹れてくれたコーヒー、あったかいから」
アレクシスが小さく笑う。
その笑いは、言葉にしなくても伝わる優しさを持っていた。
窓の外では、木の葉が色づき始めている。
季節の変わり目の匂いが、カーテン越しに入り込み、二人の間をすり抜けていった。
テーブルに戻ると、アレクシスはまた静かに本を開いた。
けれど真白の指先には、まださっきの温度が残っていた。
午後になって、陽射しが少しだけ傾く。
コーヒーの香りがまた漂ってきた。
「アレク」
「うん?」
「……袖、もう片方もお願いしていい?」
ページを閉じる音が、小さく響いた。
そして、穏やかな声が返ってくる。
「いいよ。こっち、おいで」
真白は照れくさそうに笑って、アレクシスの方へ歩いた。
窓の外では、風がまたひとつ、落ち葉を揺らしていた。