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リビングの空気は重く湿っていた。酒と脂と焦げた匂いが混じった空間に、晃司の足音が先に響く。

玄関のドアが開く音も、父の靴音も、遥には聞こえていた。けれど、身体は動かなかった。


テーブルの端に寄りかかる晃司が、振り返りもせずに言う。


「おかえり。……ちょうどいいとこ」




父が笑う。その笑いは、声ではなく、喉の奥で砕けた石のような音だった。


遥はすでにソファの下にうずくまっていた。

その場所だけは“見えにくい”。けれど、そこにいるのを二人は知っている。


「で。……こいつ、また“外”でやらかしたんだと?」




晃司が口元だけで笑い、遥の髪をつかんで、無理やり引きずり出す。

頭皮が剥がれるような痛みに、思わず片膝をつく。


「なに、“うまく立てません”って顔?」 「ちがうよな、“しつけが足りません”だよな?」




父の足が飛ぶ。

横腹に当たる。床に吐き出した息と、内臓が震える音。


「“愛人のガキ”は、やっぱ違ぇな」




ふざけたような声だった。けれど、その手は冗談ではなかった。

髪をつかんで持ち上げたまま、顎を殴る。喉に力が入らず、呼吸が潰れる。


「“本妻の子”と、何が違うかわかるか? “許されること”がないってことだよ」




晃司が脇から割り込むようにして、遥の背中に膝を突き立てる。

声が出ない。出せない。どこを押されているのかも、わからない。


「おまえが“外”でしくじると、玲央菜が機嫌悪くなるんだよ」


「玲央菜が怒ると、オレが困るんだよ。だから、おまえは──もっと痛いほうがいい」




そう言って、笑った晃司の声が、ひどくやさしく聞こえた。

そのやさしさが、一番怖い。


遠くでテレビが鳴っていた。沙耶香の笑い声が混じっていた。

誰も止めない。誰も見ない。けれど、“全員が見ていた”。


──体が動かない。


なのに、頭の中には、いつもの台詞が響いていた。


「“家”と“学校”、今日はどっちが当番だったっけ?」




誰が言ったかわからないその言葉が、まるで日課の確認のように、夜の空気に溶けていった。



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