テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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祭りまで、あとわずかだった。
しずくシェルターの中は、前のどの周回よりもよく回っていた。ホレの表で人の動きが見えるようになり、ランブリング班が小さな綻びを拾い、ダニエロはアルヴェに帳簿を見せたことで無理な支出が少し整理された。パルテナも、以前のように勢いだけで言葉を投げなくなっている。
ここまで整えば、今度こそと思いたくなる。
けれどサベリオの胸には、まだ引っかかる棘が一本残っていた。
夕方、デシアが事前確認書の入った封筒を何度も開いては閉じているのを見つけたのだ。提出用の構成メモ、祭り当日の映像予定、選考関係者への連絡先。必要なものはそろっている。足りないのは、最後の送付だけだった。
「まだ出してないの」
そう聞くと、デシアは封筒を胸元へ寄せた。
「明日でも間に合う」
「でも今日でも出せる」
「……うん」
返事があまりにも小さい。
サベリオは言葉を選んだ。急かせば、彼女は余計に閉じる。止めればまた自己犠牲へ傾く。どちらも何度も見てきた。
「怖い?」
正面から聞くと、デシアは少し黙ったあとで、ようやくうなずいた。
「町がこんな時に、自分だけ先の切符を持つみたいで」
「これは逃げるための切符じゃない」
「でも私が行く場所は、ここじゃないかもしれない」
そのひと言に、サベリオは胸の奥がちくりとした。彼女を応援したい気持ちはほんとうだ。けれど残ってほしいと思う気持ちがゼロだと言えば嘘になる。
橋へ向かう坂道を、二人でゆっくり歩いた。夕焼けが川を赤く染め、欄干の影が長く伸びている。ここは何度も終わりを迎えた場所なのに、今日は静かで美しかった。
「行ってほしいと思ってる?」
デシアが急に聞いた。
サベリオはすぐに答えられない。
「……思ってる」
「すぐ答えないんだ」
「思ってるのに、寂しいから」
デシアは苦く笑った。
「正直」
「前よりは」
封筒の角が、彼女の指先で少し曲がる。
「私、町の音を持っていきたい」
デシアが言う。
「でも、持っていくってことは、置いていくこともある気がして怖い」
「置いていくんじゃなくて、つなぐんだと思う」
サベリオは自分でも驚くほど素直に言えた。
「ここで集めた音を、向こうへ持っていく。それでまた、何かを持って帰ってくるなら、切るんじゃなくて伸ばすことだ」
デシアは橋の向こうを見たまま、しばらく何も言わなかった。
やがて彼女は封筒を鞄へ戻す。
「……今日はまだ無理」
「そっか」
「でも、逃げてるってことは分かった」
「それも前より進んでる」
サベリオが言うと、彼女は肩をすくめた。
前の周回なら、ここで無理やり背中を押したかもしれない。今は違う。彼女が自分で選ばない限り、また別の歪みが残る。
夕風が橋を抜ける。遠くでヌバーの笑い声がした。町は確かに、前より整っている。
それでもサベリオは知っていた。最後に残るたった一本のためらいが、夜全体を巻き戻すことがあるのだと。