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「……なあ」
沈黙の中で、ようやく日下部の声が落ちた。
遥は顔を上げられなかった。
怖かった。優しい言葉が、拒絶よりもずっと怖い。
「俺だって……強くねえんだぞ」
日下部はかすかに笑った。けれど、それは自嘲に近かった。
「黙ってるのは簡単だ。……でも本当は、おまえに何してやればいいか、わかんねぇんだ」
遥の胸が、ぎゅっと締めつけられた。
日下部が弱音を言うなんて、思いもしなかった。
「怖いんだよ」
日下部が小さく吐き出す。
「おまえを抱いたら……壊すんじゃないかって。何もできなくなるんじゃないかって」
声が震えていた。
「……それでも、離れるよりはマシだと思ってた。けど……」
言葉が途切れる。
握りしめた拳の音が、夜の静けさに滲む。
「……正直、つらい。おまえが、どんどん自分を責めて……俺に試して……それ見てんの、苦しいんだ」
遥の目から、涙が零れた。
壊れかけていたのは自分だけじゃない――
その事実が、どうしようもなく胸を打った。
遥は言葉を失った。
日下部がそんな顔をするなんて――想像もしなかった。
強くて、揺るがなくて、自分を何度でも受け止める存在。そう信じ込んできた。
けれど今目の前にいるのは、自分と同じように迷い、傷つき、それでも手を伸ばしてくる一人の人間だった。
胸が熱くなった。救われるような感覚が、確かにあった。
でも同時に、心の奥で別の声が囁く。
――おまえが壊してるんだ。
――おまえのせいで、日下部まで苦しいんだ。
涙が止まらなかった。
「……なんで……おまえまで……」
声が震える。
「おれのせいで……おまえ、つらくさせてんじゃん……」
日下部は答えなかった。
ただ静かに、遥の頭を引き寄せた。
温度があった。震えもあった。
その両方が、遥をさらに混乱させる。
安心していいのか、怯えなきゃいけないのか――わからない。
それでも、逃げることはできなかった。
遥はただ、その胸に顔を押しつけて泣いた。
「……わかんねぇよ……どうしたらいいんだよ……」