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ベンチにうずくまったまま、遥は爪で掌を抉るように握りしめていた。
「……わかんねぇ……」
かすれた声がこぼれる。
「おれに、こんな……普通のこと、できるわけねぇんだよ。デートとか……手ぇ繋ぐとか……笑うとか……」
喉の奥でひっかかった嗚咽を、必死に押し殺す。
頭の中ではさっきの同級生の笑みが焼き付いている。
兄の声が重なり、弟の影がちらつく。
――汚れてる。お前は最初から汚れてんだ。
――優しくなんかされる資格、あると思うな。
その言葉を振り払うように、遥は顔を覆った。
視界が暗闇に閉ざされると、逆に過去の映像がはっきり浮かんでしまう。
「……無理だ……おれには、無理なんだ……」
隣の日下部は、やはり何も言わなかった。
ただ、腰を下ろし、静かに座り続けている。
その沈黙は冷たさではなく、重さだった。
責めない。慰めもしない。否定も肯定もしない。
ただ逃げ場を塞がずに、そこにいる。
「……なあ、なんで黙ってんだよ」
遥が絞り出すように問いかける。
「否定しろよ。笑えよ。……おれなんか、捨てろよ」
返事はなかった。
けれど、視線を感じた。強いわけじゃない。弱さを受け止めるような、ただ揺るがない目。
それがかえって遥を追いつめた。
「……おまえ、バカだろ……」
声が震える。
「こんなのに……つき合ってられるわけねぇのに……」
遥の心は裂けていた。
「普通」に触れた瞬間、そこから追い出される恐怖に襲われる。
優しさを与えられれば与えられるほど、それを壊したくなる衝動に呑まれる。
それでも――日下部は離れなかった。
沈黙の中で、遥は思った。
――壊したいのに、壊れねぇ。
――嫌われたいのに、嫌われねぇ。
その矛盾の中で、遥の胸の奥がかすかに震えていた。
ほんの少しだけ、ほんの一瞬だけ――「このままでもいいのかもしれない」と、思ってしまいそうになる自分がいた。
その揺れが、何よりも恐ろしくて、痛かった。