テラーノベル
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朝の食卓は、静かすぎた。
箸が器に当たる音だけが、やけに響く。
「ねえ、今日さ」
先に口を開いたのは、春真だった。明るい声。軽い調子。
そのままの勢いで、母親の視線を引き寄せる。
「部活見学あるんだよね。バスケ。行っていい?」
「いいわよ、もちろん。春真なら大丈夫でしょ」
迷いもなく、即答。
その言葉は柔らかいのに、選ばれている側の重さを持っている。
対して――
「……」
澪継(みつぐ)は、何も言わない。
言う必要がないからじゃない。
言っても意味がないと、もう知っているからだ。
「澪継は?」
唐突に父親が口を挟む。
だがその声音は、確認ではなく、処理に近い。
「……別に」
「そう」
それで終わる。
会話は、春真に戻る。
笑い声も、相槌も、全部そちらに集まる。
同じテーブルに座っているはずなのに、距離だけが、明確に分断されている。
血は繋がっていない。
再婚同士でできた“兄弟”。
けれど――
同じ苗字を名乗ることだけが、共通点だった。
学校へ向かう道。
春真は、先に歩く。
いや、正確には――自然と前に出る。
「おはよー!」
校門前で、すぐに誰かに呼ばれる。
女子の声。男子の笑い声。
その中心に、春真は違和感なく溶け込む。
「昨日のやつ見た?」
「マジでウケるんだけど」
「春真ってさ、ほんとさ――」
名前が、軽く呼ばれる。
何度も。何度も。
それに対して、澪継は。
「……」
呼ばれない。
いや、呼ばれることもある。
ただし、それは名前ではない。
「おい」
肩を軽く叩かれる。
振り向くと、男子が三人。
笑っている。
「今日さ、ちょっと来いよ」
断る余地はない。
理由も聞かない。
聞いたところで、意味がない。
「……わかった」
小さく頷く。
それだけでいい。
それだけで、全部が決まる。
教室。
春真の席の周りには、自然と人が集まる。
「ねえ、それどうやってやるの?」
「教えてよ」
「一緒に帰ろーよ」
中心。
疑いようのない中心。
その少し離れた位置に、澪継の席がある。
空間は空いているのに、近づく者はいない。
意図的に空けられた距離。
見えない線が、確かに引かれている。
「なあ」
後ろから声。
朝の男子たち。
「昼、空けとけよ」
「……うん」
それだけ。
周囲の何人かは、聞こえている。
けれど、反応はない。
知らないふり。
関係ない顔。
それが、この教室の“普通”。
昼休み。
机が、少しずつ動かされる。
中心に、空間ができる。
「ほら」
呼ばれる。
澪継は、そこに立つ。
逃げない。
逃げられない。
「今日はさ」
誰かが笑いながら言う。
「どこまでいけるか試そうぜ」
“何を”とは言わない。
言わなくても、全員わかっている。
視線が刺さる。
笑いが混じる。
期待と、退屈しのぎと、残酷さが、同じ温度で漂う。
「……」
澪継は、何も言わない。
言葉を使う場面ではないと、知っているから。
そのとき。
「――あれ?」
軽い声が、空気を割った。
春真だ。
「何してんの?」
場の空気が、一瞬だけ揺れる。
けれど。
「別に。遊び」
誰かが答える。
嘘でもないし、本当でもない。
曖昧な言葉。
「ふーん」
春真は、それ以上踏み込まない。
踏み込む理由がない。
「じゃ、先食ってるわ」
それだけ言って、離れる。
視線も残さない。
関係がないから。
それで、いい。
再び、閉じた空間。
「続きな」
誰かが言う。
澪継は、目を伏せる。
同じ苗字。
同じ家。
同じ学校。
それでも。
世界は、完全に分かれている。
――触れない距離で。
ただ一つだけ、違う点がある。
春真は、知らない。
澪継のことを。
何も。
本当に、何も。
それが、救いなのか。
それとも――
もっと残酷なことなのか。
澪継自身にも、まだ分からなかった。
癒姫
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