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キッチンに、トーストの香ばしい匂いが漂っていた。
まだ眠たげな真白が、足音も小さく現れる。
パジャマの裾が少しだけ乱れて、髪は見事に寝癖だらけ。
「……おはよ、アレク」
「おはよう。パン焼けてるよ」
アレクは、いつものように静かに笑って皿を差し出す。
トーストの上には、バターがゆっくりと溶けて広がっていた。
「うわ、いい匂い……」
「コーヒー、ミルク多めでいい?」
「うん。……っていうか、牛乳あったっけ?」
「なかった。夜中に真白が全部飲んでた」
「……え、うそ。やっちゃった」
「夢遊病かと思った」
「そんなわけ……いや、ありえるかも」
アレクが肩をすくめると、真白は照れたように笑ってコーヒーを受け取る。
湯気がふわっと立ち上り、ふたりの間を柔らかく包む。
「アレクってさ、ほんと朝強いよな」
「習慣だよ。真白が寝てる間に、時間がゆっくり流れるから好きなんだ」
「……なんか詩人みたいなこと言う」
「君が寝ぼけてるのを見るのも、朝の日課」
真白がマグを持つ手を止めて、ふっと笑う。
窓の外では小鳥が鳴き、光がテーブルの上で跳ねていた。
「……ねぇ、アレク」
「ん?」
「こうしてる時間、けっこう好きかも」
「知ってる」
アレクは淡く微笑み、真白のカップにそっとミルクを足した。
大きな出来事なんていらない。ただ、こうして隣に誰かがいる朝が好きだ。
「コーヒー、ありがとう」
「どういたしまして。今日は仕事?」
「午後から。……アレクは?」
「在宅。翻訳の納期、今日まで」
「うわ、大変じゃん」
「君が話しかけなければ、間に合う」
「ひど」
軽い冗談が、まるで呼吸のように交わされる。
それは、二人の間に流れる静かなリズムだった。
真白はトーストをかじりながら、ふと窓の外に目をやる。
柔らかな光がカーテンを透かし、テーブルに落ちていた。
その光がアレクシスの頬を照らす。
穏やかな朝の光景の中で、彼だけが少しだけ遠く見えた。
「アレクってさ、ほんと絵になるよな」
「……急に何」
「いや、なんか。朝の日差しとか似合う」
「それは褒めてるのか?」
「うん。ちょっと」
アレクシスは一瞬だけ視線を逸らした。
返す言葉を探すより早く、真白がまた笑う。
「ねぇ、明日もこの時間、起きてる?」
「たぶん」
「じゃあ、また一緒に朝ごはん食べよ」
「……いいけど。今度は牛乳、残しておいて」
「努力する」
二人の笑い声が重なり、窓の外の光が少し強くなった。
ただの朝。それだけなのに、不思議と心が温かい。
――こういう日が、ずっと続けばいい。
アレクシスはそう思いながら、トーストの皿をもう一枚並べた。