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朝、目が覚めた瞬間に喉が少しだけ痛かった。
真白は布団の中で一度咳払いをして、天井を見上げる。
「……あ、これ、冬だ」
カーテンの隙間から入る光が白くて、外はよく晴れている。
でも、その分だけ空気が乾いているのが分かった。
リビングに行くと、アレクシスはすでに起きていた。
厚手のカーディガンを羽織り、窓を少しだけ開けている。
「おはよ」
「おはよう。寒くない?」
「ちょっと。でも空気入れ替えたくて」
真白はつい、喉に手を当てた。
それを見たアレクシスが、すぐに気づく。
「喉、痛い?」
「うん。ほんのちょっとだけ」
アレクシスは何も言わず、棚の下から小さな加湿器を引っぱり出す。
水を入れて、スイッチを入れる音が静かな部屋に響いた。
「ありがとう」
「今日は乾燥ひどいからね。12月入ったし」
そう言われて、真白は少し驚く。
「……あ、ほんとだ。もう12月だ」
「今日で3日」
「早すぎない?」
アレクシスは苦笑して、マグをふたつ並べる。
「そういうこと言い出すと、すぐ年末になるよ」
「やだなあ……」
真白は言いながらも、その言葉ほど嫌そうじゃなかった。
去年の冬とは、少し違う気がするから。
電気ケトルのスイッチを入れると、低い音がし始める。
その間に、真白はマフラーを手に取った。
「これ、もう毎日使ってる」
「似合ってるよ」
「ほんと?」
「首元、冷えやすいから。ちゃんと巻いたほうがいい」
アレクシスはそう言って、いつものように少しだけ結び目を直す。
近づく距離に、冷えた朝の空気の中でも温度を感じる。
「……近い」
「今さら」
短く交わす言葉が、当たり前になってきているのが不思議だった。
湯気の立つマグを持って、ふたりでテーブルにつく。
飲み物はミルク多めのコーヒー。
冬になると、自然とそうなる。
「今日、何する?」
「買い出し行こうかな」
「じゃあ一緒に行く」
即答だった。
アレクシスは一瞬だけ瞬きをして、それから小さく笑う。
「無理しなくてもいいよ」
「無理じゃないもん」
真白はマグの縁に口をつけながら、窓の外を見る。
よく晴れた12月3日。
特別な何かがある日じゃない。
「でもさ」
「うん?」
「こういう、何もない日が続くのって、結構好き」
アレクシスはその言葉をすぐに返さなかった。
一口飲んでから、静かに答える。
「俺も。そのほうが、落ち着く」
加湿器から出る細かい蒸気が、光に当たって揺れている。
乾いた空気が、少しずつやわらいでいく。
12月3日。
冬はもう始まっていて、
でもまだ、急がされるほどではない。
マフラーを巻いて、温かい飲み物を飲んで、
並んで買い物に行くだけの一日。
それだけで十分だと、
ふたりとも、もう知っていた。