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日下部の部屋。静かな夕方。蝉の声も、どこか遠い。
「……やっぱ、無理だった。俺には」
声を落とす遥が、ベッドの縁に座る。手を膝の上で組んで、ぎゅっと指先を押し込んでいた。
日下部はドアにもたれたまま、何も言わない。その沈黙が、遥をじわじわと締めつけていく。
「……おまえが、ずっと我慢してたのは分かってた。俺が――怖がってるのも、分かってたんだろ。なのにさ、試してばっかで……何度も。ほんと、クソだよな俺」
笑ってみせようとして、失敗した。喉が乾いて、唇が震えていた。
「だから……俺、蓮司と寝た」
その言葉は、思っていたよりも乾いた音で落ちた。叫びでも懺悔でもなく、報告のように。ただそこに事実として置かれた言葉。
日下部の表情は変わらなかった。ただ、目の奥で何かが少しだけ揺れた気がした。
「おまえじゃなきゃ、駄目だったのに」 「それでも、俺は、抱かれた。汚れた俺のままでも、蓮司は簡単に受け入れた。何にも言わずに……」
手が震える。吐き気がした。けれど続けた。
「でも、違った。違うって分かってたのに、止められなかった……ごめん」
最後の言葉は、崩れた。喉の奥から絞り出されるように、涙の手前で耐えた音だった。
日下部が一歩、近づいた。
「おまえ、俺がいないと駄目なんだろ」
遥が顔を上げる。その目の中には、怒りでも失望でもない、ただの静かな痛みが滲んでいた。
「だったら、逃げんなよ。俺から。何回でも、間違えても、おまえはここに戻ってこい」
その言葉に、遥はなにも言えなかった。