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昼休み、教室の後ろで笑い声がした。
「ねえ遥、ちょっと手伝ってくれない?」
声の主は、クラスの中心にいる男子。机に肘をつき、わざとらしく首をかしげている。
「昨日さ、中庭に落とし物したらしいんだよ。シルバーの小さいピアス。先生が見つけたら没収されるから、急ぎで探してくれない?」
ピアス。小さくて、探すのが大変なもの。
「……わかった」
頷いた瞬間、後ろの方でクスクスと笑い声が漏れる。聞こえないふりをして教室を出る。
外は、昼の光がやけに眩しい。砂利や草の隙間を一つずつ覗き込み、膝と手のひらを汚しながら探す。中庭の端から端まで、何度も目を走らせる。
汗が首筋を伝い、爪の間に土が詰まっても、諦めない。
「見つけたら、きっと喜んでくれる」
そう思えば、脚の痺れや背中の痛みも気にならなかった。
放課後まで探し、ようやく戻る。
「なかった……ごめん」
教室のドアを開けると、全員の視線が一斉にこちらを向く。何人かは笑いを噛み殺していた。
「だってさ、そのピアス、俺の耳についてるんだもん」
耳元で光るシルバーが、昼の光を跳ね返す。
笑い声が広がり、机を叩く音まで混じる。
俺は、ただ立っていた。汗と土の匂いをまとったまま、手のひらを握りしめる。
必死だった時間が、まるごと空っぽになっていく感覚。
「本気で探してたの?」
「マジで馬鹿すぎ」
その声が、なぜか遠くから聞こえてくるようだった。
靴箱で上履きを脱いでいると、さっきの中心グループが近づいてきた。
「遥、悪かったな。さっきのはちょっとやりすぎた」
肩に軽く手を置く。その力は、逃げられないように押さえ込む圧だった。
「……別に」
そう答えると、別の男子が口を挟む。
「でもさ、本当にピアスはなくなってるんだよ。もうひとつの方。今朝から無くてさ」
彼らの表情には、わずかな真剣味が混ざって見えた。
さっきのことを帳消しにするためにも、今度こそ役に立ちたい――そんな衝動が胸に湧く。
「じゃあ、探す」
そう言った瞬間、背中を押されるように校舎裏へ連れて行かれた。
夕方の光が沈み、グラウンドの端は影で覆われている。
「たぶん、あの草むらのあたりだ」
指さされた場所は、雑草と枯れ枝が絡み合い、地面はぬかるんでいた。
膝をつき、手で泥をかき分ける。爪の間に冷たい泥が入り込み、指先が痺れる。
背後で笑い声がしたが、聞こえないふりをして探し続ける。
「これで見つけたら、みんな見直してくれるかも」
そんな思いが、体を前に進ませる。
十五分後、手探りで硬い何かを掴む。
小さな金属片――ピアスだった。
「……あった」
顔を上げると、彼らはもういなかった。
教室に戻ると、机の上に同じピアスが二つ並んでいた。
昼間、笑っていた時と同じメンバーが、また輪になっている。
「お前が持ってるやつ、それ、俺のじゃない」
一拍置いて、爆笑が広がる。
「それ、校舎裏に落ちてたゴミだよ」
掌の中の泥まみれの金属片が、急に重くなった。
笑い声の向こうで、誰かが小声で囁いた。
「何回でも信じるんだな、あいつ」
その言葉だけが、胸の奥に鋭く突き刺さった。