テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
114
夕方、片づけを終えたシェルターの裏手は、急に音が薄くなる。遠くで誰かが板を運ぶ音がして、その合間に風が抜ける。サベリオは工具箱を戻しに行く途中で、物陰に人影を見つけた。
ダニエロだった。
古い木箱の上に帳簿を広げ、数字をにらんでいる。普段は人前で表情を崩さないのに、その時の横顔には疲れがはっきり浮いていた。指先で紙の端を押さえたまま、彼は小さく息を吐く。
切ない、という言葉が不思議なくらい似合う溜息だった。
サベリオは足を止めた。前の周回でも、似た場面を遠くから見た気がする。ただ、その時は気にかける余裕がなかった。
「何かあった?」
声をかけると、ダニエロは帳簿をぱたんと閉じた。
「見てたのか」
「少しだけ」
返事がない。沈黙の重さに、数字の話だとわかる。
「資金、足りてない?」
思いきって言うと、ダニエロの眉がわずかに動いた。それだけで、ほとんど答えだった。
「祭りなんて、気持ちだけじゃ回らない」
低い声でダニエロが言う。
「木材、灯り、雨対策、提出用の機材。どこもかしこも金がいる。誰かが熱くなればなるほど、冷めた頭で止める役もいる」
「じゃあ、止めるつもりなの」
「そう聞こえるか」
責めるつもりはなかったのに、言葉が尖った。ダニエロは帳簿を握る手に力を入れ、視線を落とした。
「現実を見ろ、サベリオ」
絞り出すような声だった。
「橋が危ない、雨も来る、金もない。きれいな夢だけ抱えて進めるほど、この町は軽くない」
それは怒りというより、自分に向けて何度も言い聞かせた言葉に聞こえた。
サベリオは返す言葉を失った。祭りの夜に起きる事故ばかり見ていたけれど、その前に祭りそのものが消える可能性もあるのだ。橋や照明だけ直していても、土台が沈めば全部崩れる。
ダニエロは帳簿を抱え、立ち上がった。
「見なかったことにしろ」
「できない」
「だろうな」
それだけ言って、彼は去っていく。背中は大きくないのに、妙に重たく見えた。
サベリオはしばらくその場に立ち尽くした。夕方の空気は冷えていくのに、胸の中だけがじわじわ熱い。
切ない溜息は、弱さの音ではなかった。誰にも言えない現実を、一人で噛みしめてきた音だ。
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